2017年春のセンバツに向け、着々と打力を磨く早実・清宮幸太郎内野手(2年)。高校通算本塁打を78本に伸ばし、日々進化を続けているが、そんな怪物に超大物早実OBが緊急提言だ。その人は早実監督として高校時代の王貞治氏を指導し、中央大で阿部慎之助(巨人)の才能を開花させた宮井勝成氏(90=中央大総監督)。高校時代の王氏と比較した上で清宮の問題点をズバリ指摘した。

「(清宮は)王2世なんて言われてるけど、とんでもない。王はもう二度と出てこないよ」

 1955年秋、宮井氏は早実監督に就任直後の秋季大会でライバル・日大三に大敗を喫し、つるし上げにきたOBを「来年、王という選手が入ってくる。その子ならやってくれると思う」となだめすかしたという。その通り、翌年の春季大会、入学したばかりの王はセンバツ帰りの日大三を3安打完封でリベンジ。1年後のセンバツでは、2年生エースとなった王を擁し、初の全国制覇を成し遂げた。

「王は投げて打ってと、今でいう大谷みたいな感じ。下半身がすごくて最初から完成されていた。俺は選手の成長に関しては、監督やコーチじゃなく、本人の素材と態度がすべてだと思ってる。王は素材がある上、絶対に手を抜かなかった」

 宮井氏に言わせると、まだ一本足打法と出会う前の高校時代の王と比較しても、今の清宮は「まだまだ」という。「はっきり言って相手が(清宮に)ビビって自滅している、それをうまく利用しているだけ」とも。

 昨年秋の神宮大会初戦の静岡戦、相手のエース・池谷は清宮の打席で執拗にスライダーにこだわり、結果的にカウントを悪くした。これについても宮井氏は、都大会決勝・日大三戦で相手投手のスライダーにタイミングが合わず、5三振を喫した清宮を見て「スライダーに弱い」という刷り込みがあり、硬くなっていたのだろうと分析する。高校通算78本塁打を誇るその打棒も、相手が本来のパフォーマンスを発揮できないなかでの結果との見方だ。

 さらに宮井氏は清宮の課題も指摘した。

「来た球を打つ、基本だよ。清宮はボール球に体が突っ込んじゃうだろ。足を上げたまんま打ちにいってる。もっと左足を残してボールを見極めなきゃいけない。王も阿部も、しっかり待つことができていた。選球眼はいいけど、もっと呼び込んで打つべき」

 現役時代は右翼方向への本塁打が多いことで知られた王だが、高校時代はむしろ左翼への打球がほとんど。一本足打法を身につけたことで「引っ張り」の打球が増えたが、本来は手元まで呼び込むタイプの打者だったという。

「馬力はあるよ。ただ、清宮は特異な打ち方をしてるからな。張本(勲氏=評論家)も言ってたけど、最初から体が開いてる。今はそういう打ち方で通用してるけど、あれが果たして木のバットで通用するのか。王のころは木だったけど、それでも甲子園でホームランを打っていた。そういう意味では大学に行って(慶応大・高橋)由伸(現巨人監督)の(東京六大学)記録(通算23本塁打)を塗り替えられるかの方に興味があるかな」

 気になる清宮の進路については「俺が口出しすることじゃないから」と前置きした上で「今はみんな間違いなく大学に行くと思ってるだろ。ただ、春から夏にかけて活躍すれば、プロはほっとかない。王のときは、俺だって間違いなく早稲田に行くと思っていた。本当にいろんなことがあるんだから」と含みを持たせる。

 清宮の現状には厳しい言葉を口にした宮井氏だが、早実の快進撃には期待を寄せている。

「神宮に行ってからは、勝つたびに王に電話してるんだよ。都大会の準々決勝から、清宮は3試合で1本しか出てない。それでも勝ててるわけだから、他の選手も『俺らが打って勝ったんだぞ』と発奮する。今度のセンバツは楽しみだね。60年ぶりに春を制してほしいよ」

 清宮は課題を克服し、聖地に新たな足跡を刻めるか。

【早実時代の王氏】王氏は早実1年春から外野手兼投手としてベンチ入り。1年夏の甲子園では2回戦・県岐阜商戦に先発登板したが、敗れた。1年秋からエースとなり、2年春の選抜大会では準決勝まで3試合連続完封。高知商と対戦した決勝では左手中指と人さし指のマメが潰れるアクシデントに見舞われ、ボールを血で染めながらも完投し、初優勝を果たした。関東に初めて選抜優勝旗をもたらした偉業でもあった。

 2年夏の甲子園では2回戦の寝屋川戦で延長11回ノーヒットノーランを達成。延長戦でのノーヒットノーランは、甲子園では春夏を通じて唯一。3年春の選抜では打者としても活躍し、30年ぶりとなる2試合連続本塁打を放った。

 3年夏は東京都大会の決勝で明治に逆転サヨナラ負けを喫し、5季連続甲子園出場は逃したが、大いに注目を集めた。

☆みやい・かつなり=1926年4月14日生まれ、東京都杉並区出身。早実進学後、41年の第18回選抜中等学校野球大会で甲子園に出場。卒業後は中央大学に進学、外野手として活躍した。54年に早実のコーチ、55年には監督に就任。57年の第29回選抜高等学校野球大会では王貞治投手(現ソフトバンク球団会長)を擁して甲子園初優勝を果たした。59年、中央大監督に就任。35年間の監督生活で全日本大学野球選手権大会優勝3度、明治神宮野球大会優勝1度を果たし、阿部慎之助、亀井善行(ともに現巨人)ら多くの選手をプロ野球に輩出した。現在は中央大学硬式野球部総監督。高校野球(甲子園)と大学野球(神宮)の両方で全国制覇を果たした日本唯一の監督。