現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしていく。今回は、この連載の最終回だ。

「旅館で住み込みのバイト、してみない?」

東京都内の公園でホームレス生活をしていたアツシさん(30代、仮名)がそう声をかけられたのは3年前の初夏。このときはこれがきっかけで、よもや自分名義の銀行口座が振り込め詐欺に利用されるとは思ってもみなかった。

「炊き出し」に並んでいたら声をかけられた

声をかけてきたのは、中肉中背のごく普通の中年男性。アツシさんが並んでいた炊き出しの列にもよく顔を出しては、いろいろな人に話しかけている姿を見かけていたため、ホームレスに仕事を紹介する「手配師」のたぐいだろうと思っていたという。

このとき、所持金はゼロ。日増しに暑くなる中、着替えや洗濯に現金が必要になるかもしれない――。そんなアツシさんの心中を見透かすように、男は如才ない口ぶりで続けた。

「若い人がすぐ辞めちゃうから困ってるんだよ。僕らにも(バイトの頭数をそろえる)ノルマがあってね」

このとき、仮登録だけでもしてくれれば「5000円を進呈する」とダメ押しされた。

アツシさんがやってみると答えると、その後の展開は早かった。上司だと名乗る別の男に引き合わされ、「登録のためにうちの会社が持っている寮に住所を移してほしい」と説明を受けると、その日のうちに3人で、アツシさんの出身地で、住民票がある関東近郊の街の役所まで出向くことに。役所では転出届を出し、転出先には男たちが指示した横浜市内の住所を記載した。帰り道、「今日は転出届を出しただけで、住民票を移したわけではない。3カ月たっても紹介できる仕事がない場合は、住所を元に戻すので、委任状を書いてほしい」と言われ、手帳の切れ端に「一切の手続きを委任する」との旨を書いたという。