プロ野球の世界では、投打に活躍する北海道日本ハムファイターズ大谷翔平選手の二刀流が大きな話題となっている。その圧倒的なパフォーマンスを見れば、“プロ野球史上最高の逸材”という入団時の評価にも納得だ。まさに漫画の世界を体現したかのような彼のプレーを見たいがために、野球場に足を運ぶファンの数は決して少なくないはずだ。

2つの職業、医者とピアニストを両立

さて、クラシック界に目を移してみるとどうだろう。ここにも興味深い人物が存在する。彼の名前は上杉春雄。医者とピアニストという、ともに高度な専門技術が求められる2つの職業を見事に両立させている“リアル二刀流”だ。

アマチュアピアノ界の盛り上がりについては、前回の記事「東大出身者がピアノ愛好家の頂点に立つ理由」でお伝えしたとおりだが、それはあくまでも愛好家レベルの話。どんなに腕が立つと言っても、プロフェッショナルなピアニストの存在や活動とは一線を画すことは否定できない。

では、上杉春雄はどうだろう。彼の場合、キャリアのスタートが医者ではなくピアニストであったことからして異彩を放つ。1988年、20歳の大学生であった上杉春雄は、メジャーレーベル東芝EMIよりデビューアルバム『ペトルーシュカ・展覧会の絵』を発表。そしてデビューリサイタルを東京のサントリーホールと大阪のシンフォニーホールで行ったのだ。

1988年といえばまさにバブル時代に突入するタイミングであったとはいえ、新人ピアニストのデビューに際してこれほどの待遇は破格以外の何物でもない。当時北海道大学医学部に在籍していた上杉春雄の登場は、クラシック界の大きな話題となったことが思い出される。その後ピアニストとしての活動を休止して医学に専念。東京大学大学院を経て医者としてのキャリアを順調に積み上げる。そして36歳となった13年前、アルバム『AQUA』を引っ提げてクラシック界に復帰したのだ。