2012年に世界を震撼させた「ヒッグス粒子」の発見。本書は、その発見にいたるまでの人類の歴史と、その先に広がる量子物理学のフロンティアをノーベル賞量子物理学者が綴った一冊である。

宇宙の始まりを解き明かせるくらいの極小な世界を探索していく中で、今、実験物理学には大きなパラダイムシフトが起きているという。本書に余すところなく描かれたそのダイナミズムを、翻訳者の青木薫さんに解説いただきました。(HONZ編集部)

本を書けるのは、ヒマだからさ!

実験家が一般読者のために本を書くこと自体、まずめったにない。一般向けの物理学の本は、ほとんどすべてと言っていいほど、理論家によって書かれているのである。

そうなってしまう理由は明らかだ、と、本書、『量子物理学の発見』の著者であるレオン・レーダーマンは、かつてこう書いている。

「なんたって連中(理論家)には、時間がたっぷりあるんだから」。

本を書けるのは、ヒマだからさ、というわけだ。「いや、わたしは忙しい!」と憤慨する理論家もいるだろうが、そのセリフがレーダーマンの口から出たものとわかれば、きっと苦笑いして「降参」の手を上げるだろう(ちなみに、本書のもうひとりの著者であり、レーダーマンの親しい同僚で、何冊かの共著をものしている物理学者クリストファー・ヒルは、ご想像の通り、理論家である)。

そして本書の魅力は、難解きわまりないことで悪名高い量子物理学が、ぐっと身近に感じられることだろう。量子物理学という分野は、一般にはきっとこんなふうに思われているのではないだろうか。

「それって、猫が死んでいるとか生きているとか、宇宙が無数に分裂するとかしないとか、まるで禅問答のような話が延々と続く分野でしょう?」。