浄土真宗本願寺派僧侶でありながら、通訳や翻訳も手掛ける大來尚順氏による連載『訳せない日本語〜日本人の言葉と心〜』。エンターテインメントコンテンツのポータルサイト「アルファポリス」とのコラボによりお届けする。

いつでも「お疲れさま」

知り合いの方とすれ違ったりしたときに、つい口にしてしまう言葉のひとつとして、「お疲れさま」があると思います。これは本来、相手の労苦をねぎらう意味で用いる言葉です。しかし、今日では「おはようございます」「こんにちは」の代わりとなる、挨拶のように使われているような気がします。

これは私が学生時代の話ですが、同期の友人やサークルの先輩や後輩に会うと、朝であろうと夕方であろうと、「お疲れ〜」「お疲れさまです」を口にしていました。このような会話に馴染めていなかった大学入学当時は、朝から「お疲れさま」と言われても、まだ何もしてないし、疲れていないので、どう返事をすればいいいのかわからず、内心困惑したことを覚えています。しかし、慣れというのは怖いもので、気がつけばそれが大人の挨拶かのように錯覚し、私はどこでも、誰に対してでも、自然と「お疲れさま」を口にするようになっていました。

この調子でアメリカへ留学したものですから、やはりアメリカでも同期の友人や先輩とすれ違ったりすると「お疲れ〜」という言葉を伝えなければと思い、英語に訳そうしたとき、改めて「お疲れさま」を挨拶とする会話に馴染めていなかった頃の感覚を覚えました。

「お疲れさま」を英語に直訳すれば、「You did good job!」「Well done!」「It was great!」などになります。これは何か仕事などをした相手に労いの気持ちを伝える意味での「お疲れさま」です。これを朝、昼、晩のいずれかのタイミングで出会った方にいきなり言っても、明らかに不自然です。