サッカー日本代表のワールドカップ・アジア最終予選は、厳しい戦いが続く。ケガによる選手の離脱も痛手となったが、10月11日に行われたオーストラリア戦は、後半に追いつかれて1-1の引き分けに終わった。世界を相手にしたとき、日本代表の実力はどの程度とみるべきなのか。セルジオ越後氏に聞いた。

――前回は、日本にスポーツを楽しむ文化がないことが、上達の妨げにもなっているというお話でした。「スポーツを文化にしたい」という言葉は、選手の側からも聞かれますが、障害はたくさんありそうですね。

日本でスポーツが文化として根付かないのは、報道の仕方にも問題があります。勝ったときは大フィーバーで、負けても「感動をありがとう」と言ってブームを作り出そうとする。これでは一過性のブームで終わってしまい、文化にはなりません。たとえば、2015年のラグビー・ワールドカップは、大会前にはほとんど扱われていなかったのに、南アフリカに勝った途端に報道が過熱しました。

もちろん、世界的にみても歴史的なジャイアントキリング(番狂わせ)ではあったけれど、あのワールドカップから何を学び、何が足りなかったのか、真実を伝えなければ、次につながってはいきません。

日本サッカーが足踏み状態になっている理由

――特にサッカーの場合、それが足りないから、これまでワールドカップで2大会連続して決勝トーナメントに進めず、前進と後退を繰り返しているのかもしれません。

スポーツの強い国というのは、ワールドカップだから、オリンピックだからといってメディアが必要以上にあおったり、スポーツ番組がバラエティ番組のようになったりすることはありません。そして、負けたときこそ報道の時間を増やし、徹底的に検証します。コメンテーターが議論したり、選手や監督が出演して敗戦に向き合います。つまり、スポーツが文化として根付いている国は、やっぱりスポーツが強いんです。

日本ではスポーツ中継やスポーツニュースを見ていて、その競技や選手の魅力が伝わってきません。「イケメン」「美女」ということしかわからないのは、報道のレベルが低いということです。今の日本のスポーツ番組は、スポーツを題材にしたバラエティ番組にすぎません。