鉄道施設の防雪林を「鉄道林」といいますが、「鉄道草」という言葉も存在。初秋の季語になっているほど、実は身近な植物です。なぜそのような名前の植物が誕生したのでしょうか。由来は明治時代へさかのぼるようです。

外国から来た「鉄道草」 その正体とは?

 俳句をつくるのに欠かせない、季語を収録した「歳時記」。現代俳句の「歳時記」には、「鉄道草」なる言葉があります。8月下旬、初秋の季語だそうです。

 この「鉄道草」、ヒメムカシヨモギというキク科の植物の異名で、よく似たオオアレチノギクとともに、都会の空き地や荒れ地、道路の植え込みなどでもしばしば見られる植物です。草丈は2mに達し、大群落をつくることもあります。

 ヒメムカシヨモギはもともと北アメリカ原産。明治初頭に日本へ移入され、その後、鉄道網が延びていくとともに全国へ広まったとされます。「明治草」「御一新草」との呼び名もあるようです

 線路の周りにはもちろん、ほかの植物も生えているはず。そのなかでなぜ、ヒメムカシヨモギがとりわけ「鉄道草」と呼ばれるようになったのでしょうか。

なぜこれが「鉄道草」に? 早かったヒメムカシヨモギ

 雑草の生態などに詳しい千葉県立中央博物館の天野 誠学芸員は、こう話します。

「この植物は早い時期に日本へ移入された帰化植物で、日当たりを好みます。田畑や山を切り開いて鉄道が敷かれると、周辺にほかの植物が生い茂るなかで線路の周りだけ開け、この植物にとって居心地のよい環境になります。そこから、『鉄道に沿って生える見慣れない草』ということで、明治の人が『鉄道草』と呼んだのでしょう」(天野学芸員)

 明治時代に開業し、全国に敷設されていった鉄道は、当時の人々にとって近代化を象徴する目新しい存在。そこに沿って生える見慣れない、背の高い外来の草は、人々の気を引いたのかもしれません。

 しかしその後、キク科だけをとってもオオアレチノギクやオオブタクサ、そして戦後、急速に拡大したといわれるセイタカアワダチソウなど、草丈の高い外来植物が次々と登場。ヒメムカシヨモギは、特に目を引くような存在ではなくなってしまいました。

秋の季語「鉄道草」を用い、読まれた句 そこへ浮かぶ往時の繁栄

 俳人の青柳志解樹さんの句に、このような「鉄道草」に関するものがあります。

「赤字線 鉄道草が 絮(わた)飛ばす」(創元社『俳句の花 下巻』に所収)

 利用者が減って赤字に陥った路線のかたわらで、「鉄道草」がわた(種子)を飛ばす情景を詠んだものでしょうか。あるいは、廃線となって線路にも「鉄道草」がぼうぼうに生えた情景でしょうか。いずれにしても、その荒涼とした情景の裏には、かつてその路線が華やかだったころの姿が、暗に詠まれているように思えます。

 線路脇にさまざまな外来植物が生えている現在、ヒメムカシヨモギが「鉄道草」とはピンとこないかもしれません。しかし先述の通り、その名には、鉄道が全国に延びていった時代の人々の記憶が込められているのです。