緻密なアニメーションによって悪目立ちする、主人公の浅さと短絡的な展開。



『秒速5センチメートル』や『言の葉の庭』など、美しいアニメ作品で知られる新海誠監督の最新作『君の名は。』が、国内の興行収入で100億円を突破するという快挙を成し遂げた。メディアや大衆から絶賛を受け続けている本作は、確かに魅力的な作品である。しかし、筆者にはどうも腑に落ちない点が散見された。今回はネタバレにならない範囲で、本作が孕む問題に迫ってみる。



岐阜県の山奥で、妹と祖母と3人暮らしの宮水三葉(声:上白石萌音)は、東京に憧れを抱く女子高校生。ある日、自分のノートに見知らぬ書き込みを見つけた三葉は、自分の心が、東京で暮らす男子高校生の立花瀧(声:神木隆之介)の心と、不定期に入れ替わっているという衝撃的な事実を知る。苦労しながらも、互いの生活に順応し始める2人だったが、ある日を境に入れ替わりは起こらなくなってしまう。三葉に会いたい思いに駆られて岐阜を訪れた瀧だったが、彼が目にしたのは、信じられない現実だった…。



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映画『君の名は。』より 2016「君の名は。」製作委員会




モチーフとなっている「(心の)入れ替わり」は、SFテイストな映画やドラマでたびたび描かれるので、別段新しいアイディアというわけではない(最近では、新垣結衣と舘ひろし共演のドラマ『パパとムスメの7日間』が記憶に新しい)。ただ、既存の「入れ替わり」を描く作品が、距離の近い相手、その多くは家族や恋人との「入れ替わり」を描くことが多い(理由としては、部分的に相手のことを知っている方が、他人の目を誤魔化しやすいからである)一方で、本作における三葉と瀧は、全くの他人として入れ替わる。全く関係ない、それも遠距離の男女の心が入れ替わるとは、なかなか興味深い導入だ。



ここから新海監督は、三葉と瀧の人間性をより深く掘り下げていくのだが、ここで一つ目の問題が表面化する。地方の田舎町で暮らす三葉は、閉塞感のある地元に対して不満を抱きながら、東京への強いあこがれを抱いている。王道ではあるが、「現状への不満」という彼女のキャラクターは、普遍的に観客の感情移入を誘うものだ。一方の瀧だが、彼にはこれといった特別な悩みがない。三葉について先述したように、人が人に感情移入するきっかけは、そのほとんどが悩みである。同じ悩みを共有しているという感覚こそが、人と人を根幹からつなげるきっかけとして機能するのだ。しかし、脚本も兼任した新海監督は、瀧に悩みを与えていない。



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映画『君の名は。』より 2016「君の名は。」製作委員会




中盤から終盤にかけて重要な役回りを見せるバイト先の先輩(声:長澤まさみ)への恋心を悩みと見做すこともできるが、これは外的要因によっていとも簡単に埋没してしまう感情なので、彼の心に根付いた感情、つまり悩みだったとは思えない(心理描写が薄すぎる)。この他に、観客が導入〜中盤部分で瀧に感情移入させられるような肉付けは存在しないので、観客が瀧に共感する余地はない。その結果、応援することができないという、主人公として致命的な欠陥が生じてしまっている。そもそも、瀧という男は浅いのだ。劇中の描写からは、彼が明確な目標もなく、ただ何となく生きているという印象、つまり彼の人間的な浅さが透けて見える。新海監督は、これらの問題が観客による感情移入の障害になりうるとは考えなかったのだろうか?付け加えれば、父親との二人暮らしをしているらしい瀧のバックボーンについて全く触れられていないのも、全く以て腑に落ちない。



…とは言え、「入れ替わり」の日々がなかなか面白いのは事実だ。「ち○こ」や「おっ○い」という異性の象徴を前に、顔を赤らめながら、「お年頃の男女」ならではのリアクションを見せる二人の姿は効果的に笑いを生んでいるし、スマホを使って記憶を共有していくという現代的なアプローチにも面白味を感じる。こうして、観客は三葉と瀧が繰り広げたり、繰り広げなかったりする「入れ替わりの日々」をニヤニヤしながら見守っていくことになるのだが、新海監督は予期せぬタイミングで事件を起こす。そう、三葉と瀧の入れ替わりが止まってしまうのだ。




2016「君の名は。」製作委員会




入れ替わりの停止によって、互いが当たり前のように続くと思っていた日々は唐突に終わりを告げる。物理的には遠くとも、心理的には近かった三葉と瀧だが、二人を隔てる心と体の距離は、無情にも広がっていくのだ。これに伴い、三葉と瀧が互いに意識していなかった「知っているけど知らない人への恋心」という感情が浮かび上がることで、本作は実に切なく、見る者の心をほのかに湿らせるラブストーリーとして展開し始める。その後、瀧は三葉に再会するために岐阜を訪れる。作劇のセオリーに則るなら、これ以降は瀧と三葉が「入れ替わり」の再現を目指す姿が描かれるはずだ。しかし、新海監督はこれに加えて、もう一つの大事件を組み込むことにより、物語に厚みを与えているのが巧い。



その大事件は、ネタバレしないように、本稿では「何か」と呼ぶことにしよう。瀧と三葉は、三葉たちが暮らす町に襲い掛かる「何か」を避けるために、過去を改変するという壮大なミッションに挑むことになるのだが、このプロセスを通じて、二つ目の問題が表出してしまうのが残念だ。「過去の改変」を描く作品で問題になるのは、目的と手段、そして結果という3つの要件である。目的は、「町の人々を救う」というものであるため、もちろん問題ない。手段については、論理性が重要だ。物理的な法則を無視しているとはいえ、ファンタジーにはファンタジーなりの、筋の取った物語であるために、一定の論理性が必要になる。これについて、瀧が三葉との入れ替わりを再現する方法と場所(=手段の一部)は、それまでに張られていた伏線を回収する形で構成されているので、ファンタジーの論理性という観点から目立った問題は生じていない。



 

2016「君の名は。」製作委員会




問題は、その後に訪れる重大な局面にある。一言でいえば、三葉が「過去の改変」を成し遂げる上で最大の壁を壊すために求められる、ある人物(以下ではXと表記)との「対話」が、全く描かれていないのだ。このXとは、三葉が町の危機を救う上で絶対的に必要となる人物である。しかし、劇中ではいかにして町が危機に瀕するのかについての説明はXに対して為されているものの、それをいかにXに信じさせるかという作業、およびXがなぜこれを信じたのかという「対話のプロセス」は、全く描かれていない。



三葉とXの関係性から、この場面は本作でも極めて重要な見せ場と言えるのだが、新海監督はこのプロセスを放り投げて、実に安易な形で町の危機を回避させてしまう。その後に描かれる後日譚的なパートでは、三葉と瀧が「過去の改変」を達成する上で失ったものが実にドラマティックな展開を生んでいるのだが、やはりこれに至るまでの過程(「過去の改変」における手段と結果)の構築が杜撰であるため、筆者が心の底からカタルシスを感じることはなかった。



(C)2016「君の名は。」製作委員会

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本作には、これまでの新海監督の作品では見られなかった、キャラクターデザインと緻密な背景の調和が認められる(これを実現したのは、テレビシリーズや映画版で多くのアニメファンを魅了した『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』や、映画『心が叫びたがってるんだ。』で知られる田中将賀の手腕に他ならない)し、RADWIMPSが手掛けた爽やかな音楽も世界観とマッチしている。また、三葉役の上白石萌音や瀧役の神木隆之介も、キャラクターにぴったりな声を吹き込んでくれた。それでも、やはり主人公である瀧への感情移入の不可能と、終盤における短絡的なまとめ方には、「もっと詰めることができたのでは?」という疑念を禁じ得ない。



これまでと同様、新海監督は、実に美しいアニメーションを紡いだ。キャラクターから細やかな背景に至るまで、その美しさは日本アニメ史上屈指のレベルと言えるだろう。これは否定しようがない。興行収入100億円超えも、実に立派である。しかし、主人公のキャラ付けの浅さと、結末に至るまでの描写不足という作品の瑕疵は、看過されるべきではない。新海監督は、もっと上のレベルに行けるはずである。本作が、彼のキャリアにおける最高傑作にならないことを期待したい。



(文:岸豊)


映画『君の名は。』

大ヒット上映中





神木隆之介 上白石萌音

成田凌 悠木碧 島崎信長 石川界人 谷花音

長澤まさみ 市原悦子



監督・脚本:新海誠

作画監督:安藤雅司

キャラクターデザイン:田中将賀

音楽:RADWIMPS