『淵に立つ』は、浅野忠信の存在があって初めて成立している作品である。

この映画を見つめるとき、わたしたちは思うはずだ。

浅野忠信という俳優にしか演じられない役が、この世にはある。

それはつまり、浅野忠信にしか演じられない「何か」がある、ということである。



小さな町で、小さな工場を営む夫婦の前に、正体不明の男が現れる。男は夫の旧友のようだが、夫は多くを語らず、妻には不安しかない。夫は男を雇い、居候までさせる。そして、一家の運命は、思いもよらないかたちで激変することになる。



『淵に立つ』で浅野が演じた人物は、後半で姿を消す。しかし、その不在がむしろ、彼の存在感を浮き彫りにする。そこに「いない」ことが、かつて「いた」ことを濃密に味あわせてくれる。むしろ、いなくなってからのほうが、その男について考えることができるとさえ言えるだろう。



「後半、僕はいなくなる。台本がそうなっているということは、映画もそうなることはわかっていたので、そのためには、撮影中、筒井(真理子)さんと古舘(寛治)さんに強烈に接しなければいけないなと考えていました。空き時間にそうするというわけではなく、役として、演技を通して、僕をどれだけ植え付けられるかが勝負だと思ったんです。八坂(浅野の役名)はこう考えてます、ということを演技を通してアピールして、僕ができうる限りのことをやって、ふたりに何かを芽生えさせたいと思っていました。撮影中は本当に緊張感を持ってやっていました。僕が出演するすべての撮影が終わって現場で『浅野さん、一言お願いします』と言われたときも、はっきり言ったんです。スタッフにも、八坂がいたということはどういうことか、八坂がいなくなるということはどういうことか、それを考えてもらうのが僕の仕事だと思ったので。僕はいままでもこういう役が多かったと思うんです。『幻の光』もそうですし、『アカルイミライ』もそうですし」



(C) 2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMA

(C) 2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMA




是枝裕和の『幻の光』でも、黒沢清の『アカルイミライ』でも、浅野は物語から途中退場する。しかし、やはり、その不在こそが固有の存在をかたちづくっていた。



「だから今回も僕以外の誰がこの役をやるんだと思っていました。ただ僕も、あのときの僕でもないし、このときの僕でもない。この八坂に辿り着いた僕はハンパないですよ、と(笑)、そんな感じでやりたかった。僕自身も見たいのは、僕が強烈に演じたとき、共演者の人たちはどういうふうに振る舞ってくれるのか。僕が中途半端だったら、後半も中途半端なことになると思っていたので、かなりプレッシャーをかけました。そしたら僕が出ていない後半のほうが面白くなっちゃったんですよね(笑)。ここまで面白くなっちゃったら、僕の立場が……(笑)。そこまでやっちゃうんですか? そこまでやっちゃったら、八坂のインパクト、どこかに行っちゃうじゃないですか(笑)。僕の出る幕なんてなかったんだなと、あとで思いました(笑)」



ある場面で、謎の男の素顔らしきものが垣間見える。だが、それが素なのか、ただ、そんなふうに振る舞っているだけなのか、判別はできない。だが、この「わからなさ」が、人間というもののリアリティに引き寄せる。



「記憶でしか役作りはできないですし、記憶を蘇らせて役を作るんですけど、そういう意味ではほんとに面白いヤツが僕のまわりにいてくれたんですね。似たような人間はいました。その人たちをピックアップすると、僕が想像するに、彼らは自分自身をわかってない部分があったんじゃないかって思うんです。いや、もしかしたらそれがわかっていて、諦めて受け入れていたのかもしれません。とにかく、中学の頃、明らかに僕とは違う生活をしているヤツがいたんです。『このままいなくなるから、探さないでくれ』と言い残し、本当に1ヵ月くらい学校に来ないヤツがいた。突拍子もないじゃないですか。あいつ、どこ行ったんだろう? って。かと思えば、急に帰ってきたりとか。彼らの振る舞いは八坂っぽいわけですよね。そのリアリティが僕の中でもあったから、あいつだったら、こうやって本当にキレたかもしれないって、そういうことを表現できました。で、彼らはどこか『空っぽ』の部分を持っていたような気がするんですよね。1ヵ月、どこかに行ってしまえるような空っぽの部分を。『お前、大丈夫?』と言われたら『大丈夫だよ。だから?』と答えられるようなヤツだったと思います」



(C) 2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMA

(C) 2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMA




空っぽ。八坂には、普通にコントロールできている部分と、まったくコントロールできていない部分とが、混在している。だからこそ、彼の内部に横たわる「空洞」を、わたしたちは体感することになる。



「我々が想像つかないような精神状態にある人はいると思うんです。何か怖いものがなくなってしまうというか。僕らが思ってもいないような隙間ができてしまっているのかもしれません。『その先』に普通の人は行かない。でも、この人たちは『行ったあと』なんですよ。『知らないよ。俺の中の空っぽがまた呼びかけたからだよ。でも、それは大したことねえよ』ってことになるかもしれない……。若い頃、いろんな役をやりましたけど、気づいたらこういう役に辿り着いていた自分がいたんですよね。何かキーになるというか、クセのある人間の役が多かったです。そのあとで映画界が変わったということもありますけど、僕のなかでもいろんな変化がありました。たとえば赤塚不二夫(『これでいいのだ!!映画★赤塚不二夫』)をやったり(笑)。面白い思いもしたし、しんどい思いもしました。そういうものを経て、いま、改めてこういう役をやってみたいと思ったんです。赤塚不二夫を知った上で『幻の光』に還ってみたいと。だから、すごく欲していた役ではあったんです。僕はやっぱり、こういうタイプの役を求められている役者だなと思うから。そのための引き出しも結構用意してきましたから、この役には相当イマジネーションがふくらんだんですよね。若い頃はこういう役が空っぽなんだってことなんかわからなかった。でも、色んな役を経て、この人たちも決して悪い人間でいたいとは思ってなかったんだなと思えるから、ピュアに演じられるようになりました。引き出し全開で(笑)」



(C) 2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMA

(C) 2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMA




全開のピュアネス。浅野の言葉は、かつてないほど力強い。



「悔しい思いもしたし、もどかしい時間も過ごしました。だからこそ40歳になったとき、もう一度、認めてほしかった。自分を育ててくれた映画界に認めてほしいと思って、受け取ってきたものを全面的に出したかった。今また、いいスタート地点に立てたんじゃないかと思っています」



そして、こんなことまで言ってのける。



「なんで、僕にもっと役をよこさないんだ? と(笑)。いろいろな映画を観るたび、なんでここに僕が出てないの? と思います。扱いづらい俳優だと思われてるのかな? でも、挑んできてよ、と思ってます。使えねえ役者だな、と思われてもいい。でも、まずは、使ってよ、と」



若い頃より、その闘志は燃え上がっている印象がある。



「若い頃は、全部面白かったんですよ。現場にいれば面白いし、現場がつまんなくても、それ以外の時間が面白いわけですよね。友達といても、恋人と逢っていても、好きなことをやっていても、全部面白いわけですよ。でも、さんざんやってきたら、もう、これをやっても面白くないしな、ってことばっかりになってきました。でも、映画って結構面白いんですよ、本気でやると。最近、ハッと気づいたのが、ライオンってそんなに働いてないなと。特にオスなんて、がーっと肉獲って食べて、お腹いっぱいになったら、平気で二日間ぐらいゴロゴロしてるわけですよね。ってことは、人生って暇つぶしでしかないなと。そんなに一生懸命やる必要ないなと思って。映画ぐらいは本気でやろうと。肉を捕まえるぐらいの感じで。そういう意味では、獲物を獲るのは結構上手いほうだと思いますよ(笑)」



(C) 2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMA

(C) 2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMA




狩る42歳は、こう締めくくった。



「ありがたいことに僕らの世代がいちばん面白いんですよね。僕が若い頃は僕の世代がいちばん面白くて。いまの僕たちはいまの僕たちで面白い。つまりこの世代がいちばん面白いんだと(笑)。年下は面白くなさそう。年上も面白くなさそう。いまもその感覚が、若い頃と変わらない。だから大丈夫なんだと思ってます。たとえば、ものが壊れる、水がこぼれる。そういう瞬間が映画だと思う。すでにある映画じゃなくて、見たこともない映画を作りたい。僕は『映画っぽいもの』ではなく、本当の『映画』を目指しています。自分にしか感じられなかった水のこぼれ方を、必死で。心が動く何か、オリジナルなものを追いかけています」



(取材・文:相田冬二)


映画『淵に立つ』

公開中





監督・脚本・編集:深田晃司(『歓待』『ほとりの朔子』『さようなら』)

出演:浅野忠信、筒井真理子、太賀、三浦貴大、篠川桃音、真広佳奈、古舘寛治

主題歌:HARUHI「Lullaby」(Sony Music Labels Inc.)

配給:エレファントハウス、カルチャヴィル