西川美和監督の『永い言い訳』で、本木雅弘は小説家、衣笠幸夫を演じている。不倫相手と情事に耽っている最中、妻が旅行先で事故死した。遺された幸夫は、妻の旅の同行者で、やはり事故死した女性の夫やその子供たちに出逢う。トラック運転手である夫に代わって、幼い兄妹の面倒を見ることにした彼は、これまでの人生では経験したことのなかった安堵感に包まれる一方、ずっと抱えてきた、人間としての劣等感に向き合うことになる。



「私自身、監督が原作で描いた(主人公像の)ように、自意識の度合いは激しいのに、健全な範囲内での自信に欠けている。そんなねじれた自意識を持っているんですが、そこと葛藤していくときに、実際の私はもっと投げやりです。しかし幸夫は、実のところ本人は気づかずとも、(描かれるエピソードを見る限り)どこか素直な心を根底に持っていますよね。でも、私には……それを受け入れる感覚は薄い、というかねじれた自分を正直に見せていると振舞いながらも内心では開き直って、『自分は、変われないからね』と言い続けているんですよ(笑)。そのへんの意固地さは、私のほうがあります。だから、物語ほど(本当の私は)上等な人間じゃないです。(私がやっていることは)セコい自己防衛のようなもの。『走れない、走れない』と言ておいて始めから(徒競走で)3等賞になったときの言い訳をしてるみたいな(笑)」



(C)2016 「永い言い訳」製作委員会

(C)2016 「永い言い訳」製作委員会




言い訳。本木自身、永い言い訳をしてきた人なのかもしれない。ただ、幸夫と自分は違うと念を押す。



「もし私が自分の感覚で幸夫を演じていたら、もっと苛立ちの感覚が大きくなっていたと思います。そんな世間に。相手に。自分自身に。腹が立つ。(だから)ちゃぶ台ひっくり返すように。自暴自棄になっていく。でも監督は、怒りというより、人としてのダメさ、脆さの表出を哀しみとして見せたいと」



この映画のクライマックスとも言うべきシーンで、その違いがはっきり明確化したという。



「無垢なものと触れるほど、自分の中の毒々しさとのギャップが開いて、混乱してくる。本当はそこで素直になれるチャンスだったのに、台なしにしてしまう。でも、ちゃぶ台ひっくり返すんじゃなくて、自分の無様さがどんどんどんどん自分に近づいている。「それ」に完全に包囲され、接吻するほどに迫られている。そういう自分の醜さ、弱さと正真正銘、対峙してしまうことへの怯えを混ぜてくださいと。だから(感情を)上げていくんじゃなくて、言葉はキツくなっていくけど、状態としてはどんどん詰められて消え入りそうになっていく。心の叫びを発散するのではなく、自分を葬り去りたいほどに追いやられる……という演じ方は監督の指示がなければできなかったと思います。揺らぎをデザインする。そんな演出を受けたことが面白かったです」



(C)2016 「永い言い訳」製作委員会

(C)2016 「永い言い訳」製作委員会




複雑さと、シンプルさ。厄介さと、素直さ。それらが乳化するように混じり合う。そんな表現。



「原作小説も、この映画も、私にとってはひとつのセラピーで、心理的に少し軽くなった気がします。弱さを自認し、人とのつながり(関係)を愛でることで、実人生が少しなめらかになりました」



さて、彼自身の自意識について。



「10代の頃から人目にさらされていますから、(他者の)視線に慣れてしまった、という部分もありますが、(人を演じる)役者として自意識からは逃げられないし、それなしでは成立しない」



西川美和は、生粋の作家であり、物書きである。ゆえに、その物語はもちろん、演出も、文学的になる。だからこそ、演じる俳優たちは、西川の文学性を、リアルな肉体を通して体現し、映画に肉感を与えなくてはいけない。そして、本木の場合は、彼自身が内包している自意識との格闘が、その肉体性の大きな基盤となったはずである。



(C)2016 「永い言い訳」製作委員会

(C)2016 「永い言い訳」製作委員会




本木に初めてインタビューしたのはもう四半世紀も前のことになる。本木は、その頃から、自分に自信がなく、ときに自虐的に振る舞うこともあった。彼が発露する自意識は、基本的にネガティブだが、そのときどき、作品ごとに変遷を遂げている。そして、その果てに、この新作もあると思うのだ。



「あの頃は、いまよりもっと、とっ散らかっていたでしょう?(笑)。でも、いまだに、数こそ減ったものの、(本番撮影中に)『カット!』がかかった瞬間に、いまの、どうだったかな……と思う自分がいます。作品が出来上がっても悔い続けています。自分のコンディションは毎日違うし、その日の最大限をやっているわけでも、あとから気づくことばかり。それは映画に限らず、たくさんあります。ある種、一瞬一瞬が「賭け」なんですよね。でも理想に届かない自分が虚しいと思うのと同時に、だんだん、現状況に自分を「身投げ」できるようにはなってきました。モニターも見なくなった。そこは実年齢にリンクしてるんだと思います。この映画の撮影途中に、40代を終えて、50代をスタートさせましたが、50代に入るときに、ひとつ大らかになれるような気がしたんですね。『ほどほどに希望して、人生を楽しく諦めていく』。そんなスタンスで生きたいと思ってるんですが、そろそろそれに近づいてきたかなと。期待はするんですよ。でも、その期待に固執しない。それは、ただの諦めではなく、できるだけ面白がるという姿勢はとる。現実はどれも上手くいってるわけではないけれど、人生半分以上回ったな、という実感のもと、達観と諦観を持って、いまの年齢を味わおうと思っています。どんなふうに体裁を整えても、見えるものは見えてしまうんだから、もう少しフラットな身の晒し方でもいいのかなと。そんなふうに思えるようになってきました。それをまた、わざわざ説明してしまうところが……野暮ですよね(笑)」



本木雅弘

本木雅弘




身投げ。いい言葉である。希望すら感じるほどに。



「私の場合、うまく突き落としてね、という注文が、心の中にありますけど(笑)」



他者がいてこその自分。『永い言い訳』の主題は、そこにある。本木雅弘が主演したという事実は、やはり必然だったと思わせられる「他者への期待」が、最後の言葉にはあった。



(取材・文:相田冬二)


映画『永い言い訳』

10月14日(金)全国ロードショー





出演:本木雅弘/竹原ピストル 藤田健心 白鳥玉季 堀内敬子/池松壮亮 黒木華 山田真歩/深津絵里

原作・脚本・監督: 西川美和



製作:『永い言い訳』製作委員会(バンダイビジュアル株式会社、株式会社AOI Pro.、株式会社テレビ東京、アスミック・エース株式会社、株式会社文藝春秋、テレビ大阪株式会社)

原作:「永い言い訳」(文藝春秋刊)

制作プロダクション:株式会社AOI Pro. 配給:アスミック・エース

(C)2016 「永い言い訳」製作委員会 PG-12