黒沢清監督がフランス映画を撮った。スタッフもキャストも、監督以外、日本人はいない。すべて現地で撮影されている。

一説によれば、黒沢作品の観客数は、日本よりフランスの方が多い。そのような経緯もあり、実現したオリジナル企画だ。

タゲレオタイプという旧式の撮影方法で、被写体の実物大写真を撮ることに取り憑かれた写真家。彼はモデルだった妻を喪い、いまは娘にカメラを向けている。ダゲレオタイプで撮影する場合は、被写体は拘束される運命にある。

物語は、この写真家の助手を務めることになった青年の目を通して描かれる。

黒沢監督らしい奇っ怪な設定。だが、映画の肌ざわりは、とてもフランス映画然としている。



(C)FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS – LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinéma

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「フランス映画を撮ってるという感覚はなかったんですが、だんだんだんだん(撮っていくうちに)フランス映画になっていくんだよなあと。それは実感しました。フランス語でしゃべってますし、フランスの街が映ってますし、細かい美術品であれ、光の具合であれ、フランスですから。僕はいつも日本で撮っているのと変わらない感じで『こんなふうに撮ってくれ』とお願いしていたのですが、(スタッフは)『わかった、わかった』と言いながら、微妙にフランス映画っぽくなっていくんですね。とはいえ、自分としては日本映画を撮ってるつもりもなく、どこの国でもない無国籍なものでいいのだと思ってたんですけど、あらら、フランス映画になっていく……と驚きつつ、楽しんでもいました」



そうなのだ。黒沢清は、これまで、日本において、国籍不明の映画を撮ってきた。そんな彼が初めて、国籍のある映画を撮った印象がある。それがたまたまフランス国籍だった。



「逆に言うと、フランスっぽくなっていくことを、あえて拒否しなかったというか。鈍感で、どこがどうフランスっぽいのか、細かくはわからないのですが、なんとなくぼんやり、フランスっぽいのかなあというぐらいで、チェックもしていないということなのでしょう。日本だと、たぶん、これ入れると日本っぽくなるから嫌だとか、これだけはやめてくれとか、そういう拒否反応で細かく、日本っぽくなくするとは思うんですけど」



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拒否も制御もなかった。そのことが、ある種の大らかさにつながっている気がする。



「少なくとも、国籍とかそういうことに関しては何にもない。制御も拒否もできなかったですね。あるがままを受け入れたという感じです」



もし自分が、フランス人が観て恥ずかしくなるような画を撮ろうとしたら、容赦なく指摘してほしい。黒沢監督は現地フタッフにそう伝えた。



「エッフェル塔が少し映り込むぐらいは許容範囲のようでした。ただ、教会内では、ステンドグラスや十字架は撮りたくない、とはっきり言われました。そのあたりは、向こうの感覚に任せました。あ、ノッてないな、というときはわかるものですね。ドレスを着た女性が階段を降りてくる……僕はいいなあと思いながら撮っていましたが、きっと、それは外国人監督が京都の撮影所で着物の女性を横切らせるような恥ずかしいことだったのでしょう。特に彼らは何も言いませんでしたが、カットしました(笑)」



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たとえば、ドアが自然にゆっくり開いていく。黒沢映画で頻出する、そんな恐怖描写も、本作では何か違った趣をまとっている。



「それは自分でも、なんとなくは感じてるんですけど。ただ、そんなに違ったことはやってないので、自分でもそれがなんなのかはわかってないのですが、おそらく西洋の古い館が持つ独特のゴシック・ホラー感が出ているのでしょう」



『ダゲレオタイプの女』にはオーソドキシーがある。これは従来の黒沢作品にはなかったものだ。



「自分としては、普通の、フランスの娯楽映画の一種を撮ったつもりです。ただ、フランス人が観ると『こんなフランス映画、ないですよ』と。え? ないのがヘンじゃない? と。と言いつつも、フランス人も受け入れてくれてはいるようなんですけど」



ひょっとすると、フランス人たちが言っているのは、「いまは、こんなフランス映画、ない」ということなのかもしれない。この映画には往年の、犯罪映画としてのフランス映画が、幻想映画としてのフランス映画が、平然と入り込んでいる。その堂々とした様子が、正統派を思わせるのだ。



「正統派だったらいいなと。そこは居直って、そう思うようにしていました。(むしろ)いまどきのフランス映画のほうがおかしいのだと。ヘンなことばかりをしようとして、正統がなんであるかを忘れてしまっているのではないですかと。ちょっとおこがましいですが。ここまでぬけぬけとこんなことやる人はいないということなんでしょうね」



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大げさに聞こえるかもしれないが、フランス映画の伝統のようなものを黒沢清はふいに背負い、その歴史に連なる一本を何食わぬ顔で撮ってしまったように映る。それは、日本ではできなかったことなのではないか。



「いや、日本でも(正統派は)やれると信じています。絶対やれるはずです。ただ、企画として成立させるために、いまどきの流行に合わせてしまう側面もあるかもしれない。僕が携わっているのは商業映画ですから当然ですが。それを、向こうでは『こんなことがやりたいんですけど』とストレートに、無防備に、出すことができたのだと思います。それは完全に異国の地で撮るチャンスが与えられたからできたことなのでしょうね」



この映画最大の見どころは、ラストシーンである。こんなに、まろやかで優しい黒沢映画の幕切れは見たことがない。そうするべき企画だったのか。それとも、結果的にそうなってしまったのか。



「どちらとも言えます。実に久しぶりに、若い男女のカップルの話だった。ふたりが若いということが、僕の中で自然に、おっしゃるように、あるまろやかさにつながっていた。まろやかさを意識していたわけではないんですが、僕は若者に甘すぎるのかしら(笑)。若い男女の話だと、たとえふたりの愛が大変な困難にぶち当たったとしても、映画の最後の最後には、このふたりを大切にしたい、という想いがあるようなんです。若いからこそ、最後、ギャーッと叫んで終わる(今年公開された『クリーピー 偽りの隣人』のラストでは、竹内結子が凄まじい叫び声をあげた)ようなことをしてはいけない。そんな何かが、自然に働いていた。実際の若者が観たらセンチメンタルと感じるかもしれませんが……若い男女が、ちょっと犯罪に手を染めつつ、どんどん社会から外れていって、逃げ延びていくという構造を考えると、世代的に、ふと、1960年代、70年代のアメリカン・ニューシネマやヌーヴェル・ヴァーグ、そういった作品の要素に無意識に近づこうとするするのですかね。何かがマイルドでした」



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悲惨なことをマイルドに描く。かつては、そういう映画があった。



「そういう映画が大好きだったわけでもないんですが。でも、よみがえってきちゃうんですかね……」



これは黒沢清の青春映画なのかもしれない。



(取材・文:相田冬二)


映画『ダゲレオタイプの女』

10月15日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開





監督・脚本:黒沢清

撮影:アレクシ・カヴィルシーヌ

音楽:グレゴワール・エッツェル

出演:タハール・ラヒム、コンスタンス・ルソー、オリヴィエ・グルメ、マチュー・アマルリック

2016/フランス=ベルギー=日本/131分

配給:ビターズ・エンド

提供:LFDLPA Japan Film Partners(ビターズ・エンド、バップ、WOWOW)