9月28日に通算20作目でビクター復帰第1弾となるオリジナルアルバム『アトム 未来派 No.9』をリリースするBUCK-TICK。

10月8日の神奈川・よこすか芸術劇場から12月29日の日本武道館まで全27公演の全国ツアー「TOUR アトム 未来派 No.9」を開催する。



ジャンルを超えて多くのアーティストにリスペクトされ、揺るがないポジションを獲得。来年デビュー30周年を迎えるBUCK-TICK伝説を独断でピックアップしてみよう。(文:山本弘子)


日本のU2? 不動のメンバーでデビュー30周年目前の奇跡



メンバーチェンジなし、解散の噂ほぼなしで、第一線を走り続けているということだけで、もはやレジェンドであるBUCK-TICK。その前身バンドである“非難GO- GO”が結成されたのは1984年。地元、群馬の高校の先輩、後輩で結成され、当時、櫻井敦司はドラマーだった。



その後、音楽性の違いによりヴォーカルが脱退し、櫻井が自ら志願し、ヴォーカリストになり、樋口豊(B.)の実兄であるヤガミトール(Dr.)が加入。1985年に現在の5人となった。



人気がブレイクし、寝る暇もない忙しいスケジュールの中でも5人揃っていつも朝まで飲んでいるという仲良し伝説は有名。



バンドと並行して今井寿(G.)が藤井麻輝とユニット、SCHAFTを始動させ、櫻井敦司もソロプロジェクト、THE MORTALとして活動、星野英彦(G.)もソロプロジェクト、dropzで活動…とフロントのメンバーがソロ活動をしても、ファンはたじろがず本体BUCK-TICKがピクリとも揺れないところもこのバンドの特殊且つスゴイところだ。



ちなみに海外のバンドで言うとU2がBUCK-TICKと同じく高校時代の仲間で結成され、不動のメンバーで活動し続けている。













バクチク現象から始まった伝説



名盤「HURRY UP MODE」

名盤「HURRY UP MODE」




1987年、インディーズ時代、BUCK-TICKは太陽レーベルから4月1日に初のスタジオ音源アルバム『HURRY UP MODE』を発表。リリース日に合わせて豊島公会堂で「バクチク現象」と題したライブを開催する。

この日に合わせてスタッフのアイディアで行なわれたプロモーションが、会場名と日付、バクチク現象と書いたステッカーを若者が集まりそうな街の至るところに貼りまくることだった。



この作戦はみごとに成功し、可能な限り髪を逆立てたBUCK-TICKのヴィジュアルと名前はロック好きの少年少女にみるみる内に浸透していくことになる。筆者自身、新宿LOFTの周辺など何度か、このステッカーを見かけているので、かなり多くの数が貼られていたのだと思う。



その後、“バクチク現象”が彼らを語る上で欠かせないキーワードになっていくのはご存知の通り。余談だが、彼らのヘアスタイルに欠かせないのが髪がガッチガチに固まるダイエースプレーだったという伝説もつけ加えておこう。



鮮烈なデビューから「悪の華」での復活まで



1987年にデビューを飾り、翌年に発売された1stシングル「JUST ONE MORE KISS」がビクターのラジカセ「CDian」のCMソング(本人たちも出演)に起用され、大ヒット(ちなみにキャッチコピーは「重低音がバクチクする」だった)。

メジャーデビューとともに人気がブレイクと言っても過言ではなかったBUCK-TICKだが、1989年、3rdアルバム『TABOO』がオリコンチャートの初登場1位の快挙を成し遂げたその年に今井寿が麻薬取締法違反で逮捕され、メンバーは約半年間の謹慎期間に入ることになる。この時、新聞が誤って容疑者として今井の写真ではなく星野の写真を載せてしまったこともいまや伝説的エピソード(?)。



しかし、事件のマイナスを逆手にとるかのように(本人たちはそんなつもりはなかったろうが)BUCK-TICKは翌年1990年の復活シングルに「悪の華」というタイトルを付け、この曲はチャートの1位を獲得する。ちなみに当時の心境について星野は「結束力がより強くなったというか……ああ、何があっても絶対5人で続けていくんだろうなって」(星野英彦「Simply Life」[音楽と人 単行本])と振り返っている。







語り継がれるイベント「LSB」「BUCK-TICK FES」





「BUCK-TICK FEST 2012 ON PARADE」DVD




近年では主催イベントを開催しているBUCK-TICKだが、当初はほかのアーティストとつるまない孤高のバンドという印象が強かった。



今もなお「見たかった」と多くのリスナーの胸を焦がさせているイベントといえば、1994年に福岡、仙台、札幌、新潟、大阪で開催された「LSB」だろう。タイトルはバンドのアルファベットの頭文字、LUNA SEA、SOFT BALLET、BUCK-TICKから取られたものでミュージシャン発信の企画ではないものの、当時、この組み合わせは斬新で各地にゲストとしてL'Arc〜en〜Ciel、THE YELLOW MONKEY、THE MAD CAPSULE MARKETS、DIE IN CRIESが出演したのも話題を呼んだ。



その後、BUCK-TICKはデビュー20周年の2007年に神奈川・横浜みなとみらい 新港埠頭特設野外ステージで初の主催野外フェス「BUCK-TICK FES 2007 ON PARADE」を開催。ジャンルを超えた顔ぶれが集結し、25周年には千葉・千葉ポートパーク特設野外ステージで「BUCK-TICK FEST 2012 ON PARADE」を開催し、氣志團、acid android、MUCC、BREAKERZ、Pay money To my Pain、POLYSICSら豪華アーティストが集結した。



BUCK-TICKの存在感、世界観、バンド然とした在り方、媚びない姿勢は今なお多くのバンドに憧れられ続けている。



インパクトが半端ない楽曲タイトル



つねに挑戦し続け、飽くなき好奇心で数々の傑作を生み出してきたBUCK-TICK。その音楽性については多くのところで触れられているので、タイトルが偉すぎることについて触れよう。



先に記した「悪の華」(リリース時にボードレールの詩集が売れたという伝説アリ)はもちろんだが、シングルだけ例にとっても「見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ」(1995年)、「極東より愛を込めて」(2002年)、「エリーゼのために」(2012年)、「形而上 流星」(2014年)など、思わず聴きたくなる興味をソソられるタイトルが多い。文学的な側面を持ちながらも、「なんだろう?」と思わせるフックのある言葉の選び方はBUCK-TICK美学のひとつかもしれない。









実際、最新アルバムのタイトル『アトム 未来派 No.9』も付けた真意が知りたいような、知りたくないような、こちらの想像力をどこまでも膨らませてくれるのである。











最後になったが、今回のアルバムをひっさげての全国ツアーのファイナルは12月29日の日本武道館である。通算17回目となる毎年、恒例の12月29日の武道館。これを見ないと新しい年を迎えられないというファンは数知れず、公演は毎回ソールドアウト。これもまたBUCK-TICK伝説と化している。





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