『POPEYE』9月号「ジャズと落語。」特集

『戦争と芸術 美の恐怖と幻影』(飯田高誉 著、立東舎刊)




終戦から71年目を迎えた今。戦後に生まれた人にとっては実感を持てない部分も多い「戦争」を、芸術作品を通して多角的に検証する書籍『戦争と芸術 美の恐怖と幻影』(立東舎刊)が刊行された。この刊行を記念し、トークイベント「『戦争と芸術』戦争はわたし達の心の中にある―アートから見えてくる唯一無二の“生きていく”」が、2016年9月20日(火)に代官山 蔦屋書店で開催された。



登壇したのは、著者であり森美術館理事も務めるキュレーター・飯田高誉さんと、本書の中でも作品が取り上げられている現代アーティスト・Mr.さん。司会は、代官山 蔦屋書店のアートコンシェルジュ・秀熊麻衣さんが担当。戦争をモチーフとした芸術作品から、日常の中の戦争、史実についてまで、貴重なトークが繰り広げられた。


草間彌生や横尾忠則も参加した「戦争と芸術」展



草間彌生の戦争をテーマにした作品

「戦争と芸術」展で展示された草間彌生の作品




本書は、京都造形芸術大学で過去4回にわたり開催されてきた企画展「戦争と芸術」をベースとしている。展覧会では、藤田嗣治や中村研一が描いた戦争画の他、トマス・デマンドやダレン・アーモンド、杉本博司、横尾忠則、草間彌生、そしてMr.さんなど、戦中戦後を問わず、国内外の作家による戦争を題材とした作品を展示してきた。



秀熊麻衣さん(以下、秀熊):「戦争と芸術」展を企画した経緯からお話を聞かせてください。




飯田高誉さん




飯田高誉さん(以下、飯田):第1回目の開催が2007年1月10日、ちょうど防衛庁が防衛省になった翌日に始まりました。まず、1995年というのがすごく大きな年で、阪神大震災でリアルのインフラが破壊され、一方でWindows95が出てバーチャルなインフラが始まった年。オウム真理教がテロを起こした年でもあります。そこからやはり、世の中どんどん変わっていく。それ以前の1990年に、湾岸戦争も始まりましたが、非常にきな臭い時代が始まってきているということを自分自身肌で感じました。



そこからいろいろ調べてみると、「戦争」をテーマにした作家って、すごく多いんですね。ルーヴル美術館に行くと、戦争画ばかりのコーナーもあって、ゴヤにしても、ドラクロワ、ターナーにしても、戦争画を描いている。(戦時中の)時代背景、空気感、緊張感を表現しているものが多かったので、戦争と芸術展をどうしてもやりたいと思った。



もちろん、戦争を起こしてはいけないということは大前提ですが、「この人たちが平和主義者で、こちらが戦意高揚を促す人たち」とは分けたくない。政治的、イデオロギー的にどうこう、ではないんです。人間の存在そのものが、どういうものであるのかということを、この展覧会で少しでも解明できたら、という思いがあります。



戦争をテーマに日本の今を表現した作品、「誰も死なない」



秀熊:Mr.さんや山口晃さん、戦争を経験していない現代の作家による作品もまぜたのはなぜでしょうか?



飯田:戦争は過去の遺物ではなく、現代でもテロなど局所的な暴力的爆発が起こっていて。これが意味するのは、“戦争の形”が変わってきているということではないでしょうか。大国と大国の戦争という形ではないけれど、知らない間に、日常の中に戦争というものが忍び寄っている。



『誰も死なない』

『誰も死なない』




Mr.さんの映像作品『誰も死なない』は、女子中学生たちがサバイバルゲームに明け暮れるわけですが、その間に、学校や家庭のシーンが出てきます。その、日常的なシーンがものすごく印象的で。彼女たちにとっての戦争とは、何なのか。それは、いろいろな家庭の事情や社会状況の中で、日常を乗り越えなくてはならないということ。そういう風に、僕は感じました。




Mr.さん




秀熊:ご自身の作品がこういう文脈で解釈され、(「戦争と芸術」展に)設置されていることについて、違和感はありましたか?



Mr.さん(以下、Mr.):違和感はなかったですね。逆に言えば、こういう展覧会に出すためにつくったようなところもあるかもしれません。



僕が、戦争を表現に組み込んでいる(理由の)一つに、祖父が戦死しているということがあります。それで、何かつくりたい気持ちはあっても、戦争で人が人を殺しているところを見たわけでもなく、自分が死んだわけでもない。実際を知らないという「リアリティの無さ」がどんどん膨らんできて、戦争は変に表現できないなと思った。じゃあ、日本の今のリアリティってなんだろうと考えると、やはり「平和ボケ」だと思う。だから、弾が当たっても死なない、おもちゃで戦争ごっこをする……それが僕の中の答えだったんです。



秀熊:少女をモチーフとして扱われている理由は?


​Mr.:高度成長期のアニメと言えば、ヒーローものでした。少年が敵と戦う、ロボットアニメとかそういうものだったと思います。90年代からは、どんどん「オタク」がねじれた感じになっていって、少女が戦うようになります。「ロリコン」や「萌え」という概念が出てきて。それが、(この作品の)表現の中で外せない部分だったんです。男は女を助けられなくなった、ということが分かってしまったと飯田さんも本の最初で書かれていましたね。



スターティングオーバー

スターティングオーバー

2007

Acrylic on canvas

787x1575mm

©2007 Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.



「一人ひとりが平和と戦争を考えないといけない時代にきている」(飯田さん)



飯田:「戦争と芸術」展の企画は、公立の美術館にも申し込みましたが、東アジア諸国に配慮しなければいけないということで、実現できませんでした。戦争を題材にするとなると、いろいろな問題が含まれてくるわけですね。ですが、タブー視をしていては、いつまでたっても議論ができない。芸術を通して垣間見ることのできるビジョンが、損なわれてしまいます。メディアはもちろんですが、一人ひとりが考えなきゃいけない時代がきていると思います。



「戦争と芸術」展の様子

「戦争と芸術」展の様子




1960年のオリンピックの年に色々なことが問題化され、1968、1969年に学生運動があって。1970年に日米安保条約が自動延長になり、一方では万博があり、三島由紀夫が自決をして。1972年には沖縄返還。つなげて考えると、なんらかの答えが出て来ると思います。



市ヶ谷(東京)にある防衛研究所は誰でも見学ができるので、一度ご覧になるといいと思います。橋本関雪の戦争画があって、東京裁判が行われた軍事法廷や三島由紀夫が自決した部屋もちゃんと残されています。あと、広島にある江田島(教育参考館)も見学できます。



Mr.:すごく、行ってみたいです。



飯田:江田島は、明治大正昭和の建物が並んでいて、人間魚雷もあります。夏になると、防衛大学の幹部候補生たちがそこで訓練をするんですが、訓練のシーンを観ると、現代じゃない感じがします。戦争準備をしている頃の風景と重ね合わせざるを得ないというか。


この他、闇市の空気が残る東京の風景や、Mr.さんが見学してきたアメリカ・シアトルにあるボーイング社の工場の様子など、話題は多岐にわたった。



質疑では、『ガールズ&パンツァー』や『艦隊これくしょん-艦これ-』を引き合いに、兵器と史実が乖離している若い世代にとっての戦争のイメージについて、参加者からの意見を聞くような場面も。また、Mr.の作品からこのイベントに興味を持ったという参加者の姿も多くみられた。そのビジュアルの親しみやすさと、意味の重さ、難しさをあわせもつMr.さんの作品は、観るものに問題を喚起させる、「戦争と芸術」というテーマには欠くことのできない作品だと飯田さんは言う。



戦争と芸術。一見、遠いように見えるこの2つをつなげることで浮かんでくる、作品の本当の意味や、社会の姿。単に観て美しいだけではない、アートとの新しい向き合い方に触れる、意義深い一夜となった。



(文:岩間淳美)



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飯田高誉(いいだ・たかよ)

1956年東京生まれ。

東京大学大総合研究博物館小石川分館にて現代美術シリーズ(マーク・ダイオン、杉本博司、森万里子展)を連続企画。カルティエ現代美術財団(パリ)にて杉本博司、横尾忠則展キュレーション。「戦争と芸術--美の恐怖と幻影Ⅰ〜Ⅳ」展(京都造形芸術大学)シリーズ企画。 第二回「堂島リバービエンナーレ:エコソフィア」展のアーティスティック・ディレクターを務める。京都造形芸術大学国際藝術研究センター所長、慶應義塾大学グローバルセキュリティ講座の講師などを務め、青森県立美術館美術統括監を経て、現在、インディペンデント・キュレーター 森美術館理事。



Mr. (ミスター)

アーティスト。

1969年キューパ生まれ。創形美術学校卒業。1995年頃より村上隆率いるヒロポン・ファクトリー(現・カイカイキキ)のメンバーとして活動を開始。2007年、NY滞在がきっかけとなり、「戦争」を通して表現したペインティングシリーズ「サバイバルゲーム」を展開していく。シリーズの好評を受け、現代に生きる我々にとっての戦争をテーマとした映画「誰も死なない」を制作し、翌08年エマニュエル・ペロタン画廊(パリ)、リーマン・モーピンギャラリー(NY)での個展で発表された。 日本では同年秋に下北沢、秋葉原のシアターにて公開、音泉にてラジオドラマも配信。2009年には飯田さんキュレーションの「戦争と芸術IVー美の恐怖と幻影」にてサバイバルシリーズが紹介される。近年は、おたく要素を残しつつ、キャンバスを燃やし、汚し、傷つけるといった、10 年来の独 自の手法に還り、西洋のグラフィティーアートの流れと合わせ、日本の「今」を描きだしている。