『物欲なき世界』の著者である編集者・菅付雅信さんがホストを務める対談トークシリーズ「これからのライフ」。



2016年9月22日開催の第1回は、国内外のアートやテクノロジーコンペティションにおいて受賞多数、いま最も注目を集めるメディアアーティスト、落合陽一さんが登場。「これからのテクノロジー」をテーマに、魔法の世紀を迎えつつあるこれからの世界と、そこに生きる私達の生き方について語った。



コンピューターが自然の一部に? 落合さんの描く、これからの世界



菅付雅信さん(以下、菅付):著書『魔法の世紀』は大変インパクトがあり、読んでいて熱くなりました。「魔法の世紀」とは何かを、お話いただけますか。



『魔法の世紀』

『魔法の世紀』




落合陽一さん(以下、落合):本の中で、「魔法の世紀」は「映像の世紀」の対比のような意味で出てきます。ユビキタスコンピューティングの有効化の先に、我々は魔術化した世界にきてしまった。これまでの「映像の世紀」では、ひとつの牽引者が情報を発信し、人々がそれを享受してきました。それが、コンピューターメディアになると、その発信局が無限に存在するようになる。そうなった時、我々はメディアの存在自体を意識しない世界に生きていくのではないか。「魔法の世紀」とは、そういうような21世紀を表現した言葉です。



菅付:「デジタルネイチャー」とは。これは、一般的に使われている言葉ですか?



落合:これは、研究室をつくる時に作った言葉です。ユビキタスコンピューティングは、まだ「コンピューティング」で、自然ではない。でも、たぶん将来は、コンピューターも含めて「ネイチャー」と呼ぶようになると思います。今はまだそこに至っていないから、「デジタルネイチャー」と呼んでいます。



デジタルネイチャーな世界での、私たちの生き方とは?





 『限界費用ゼロ社会』




菅付:「機械との競争」ということが、よく言われますよね。ジェレミー・リフキンは『限界費用ゼロ社会』で、簡単に言うと「生産的な経済活動の大半は、ごく少数の専門家と、技術によって監督されたインテリジェントテクノロジーによって、代替されていくだろう」と言っていますが。



落合:その通りだと思います。碁の素人がコンピュータープログラムを使って、碁のプロに勝った。「コンピューターの専門家」が「碁の専門家」に勝った、それっておかしいですよね。だけど、そのおかしさが実現されているっていうことが、人工知能の本質です。コンピューターサイエンスでそれ以外の専門性のある分野を駆逐しよう、という戦略ですよね。



菅付:また、社会学者のリチャード・フロリダは「クリエイティブクラスの時代が始まっている」と唱えています。クリエイティブクラスが実際の経済を動かしている、と。その概念に当てはめると、日本のクリエイティブクラス率はすごく低くて、世界の中でなんと64位。先進国としてはほぼ最下位です。



落合:ホワイトカラー国家ですしね。でも、今はまだクリエイティブクラスばかりになると、社会不安を醸成すると思います。ベーシックインカムなり、社会保障で手厚く保障されれば、「働きたい人は働けばいい」となると思うんですが。



菅付:落合さんは「専門的な暗黙知をもつ、クリエイティブクラスを目指すべき」ということを言っていますが、「専門的な暗黙知」とは?



落合:口伝できない、あるいはデータ化できない特殊な考え方みたいなものってありますよね。例えばこの前、広告の審査のためにCMを500本くらい見ました。たくさん見ていると、開始5秒くらいでわかるものってあるんです。でもそれって、どうやるのかを他人に伝えようとしても、同じ量をみるしかないってなる。機械学習する時、データセットを集めることが大事になるのですが。そのデータセットを駆使してできた脳内の特殊な回路みたいなものがあって。それを大切にした方が良いのでは、と思います。



菅付:また、フェティシズムが重要だということも書かれていますが、これはどういうことでしょうか?



落合:人間って、ハードウェアがみんな違いますよね。入ってくるソフトウェアは学校教育とかで、だいたい一緒かもしれないけれど、ハードによって生まれる特殊なものっていっぱいあると思います。そういうものに、価値がある。マスメディア的なものから得られる同一の知識はあまり重要じゃない。コピーは簡単になってくる時代なので。



菅付:それから、ホワイトカラーは絶滅するだろう、ということも言っていますね。



落合:これは、あながち間違いではなくて。コミュニケーションツールが盛んになれば調整コストは下がりますし、あと、かっちりしたところはコンピューターがやってくれるようになります。



学校の授業で、定規で線を引いたりするじゃないですか。日本の学校って、そういう技能訓練が多いですよね。でも、僕らに本当に重要なのは、技能訓練ではなく、鑑賞訓練だと思います。例えば、ピカソの絵をなぞることはスキャナでできるんです。それよりも、ピカソの絵をみてどう考えるかっていうことの方が重要。鑑賞訓練した方が豊かに生きられるはずなんです。ホワイトカラーの問題は、だいたいそこにあると思います。



菅付:鑑賞能力を上げるにはどうすればいいんでしょうか?



落合:ディープラーニングです(笑)。量は重要なファクターですね。あと、以前ある人が「良い物以外を観てきた人はもうダメだ」と言っていて。「頭の中に、一定以上ダメなものが入っていたら、まずお祓いから始めないといけません」、と。



菅付:それ、すごくわかります。悪いものをいかにはずしていくかっていうことは、ものを創るにはとても大事だと思う。そんな中で、ある種エリーティズムが行われつつあるのかな、と思うのですが、落合さんは「独善的な利他性が大事」と言っていますね。



落合:どんな価値を生み出すかは全然わからないんですけど、とりあえず利他性のある人っているじゃないですか。そういう人が増えていくといいですよね。何故かというと、そういうことをエンハンスするために、インターネットは使って欲しいと思っているだろうなと、思うんです。「悪になるな」という標語がGoogleにあります。悪いことしようとしたら、Googleはいくらでも悪いことができますよね。でも、悪いことしない。それよりも「これどうすんだよ」みたいなものを作る。独善的な利他性のあることしかしないんです。自分の中に富が溜まらない、ということも重要だと思います。


ロボットに人権があったら? コンピューターと人の新しい関係



落合さんが手掛けた、ものを浮かせたり、空中に触覚をつくり出すことのできる指向性スピーカー「PixieDust」

落合さんが手掛けた、ものを浮かせたり、空中に触覚をつくり出すことのできる指向性スピーカー「PixieDust」




菅付:これからの、コンピューターと人との新しい関係とは?



落合:コンピューターが人間を管理したら画一的になる、と思われますが、それは嘘で。多様な人間性に対応できる程度に、コンピューターの方が人間よりも多様なんです。今の日本の統治機構が多様かと言われれば、多様ではない。ある一つの人生経験しかもたない人間が、その判断を下しているからです。そこを、多人数の人生経験を持った状態にするのは、人間以外の存在にしか為し得ません。



菅付:デジタルネイチャーな社会は、ディストピア的なものになるのか。未来は明るいのか、ということについては、どう思われますか?



  



落合: (SF的なディストピアにおいては)人類にとって極端な結論を取るということが、おそらくシナリオの中の最悪な答えで。でも、実はそれは嫌じゃないと思います。



たとえば、「人類が危ないから、脳の中の前頭葉を切除してサーバーにした方が良い」と思ったとします。全員がそうしたら、古典的な人類は失われるわけですよね。でも、全員が良いと思うなら、それで良いと思うんです。古典的な人類の目線で見るから、それが危ないストーリーに見えるわけであって、その人類達は別に危なくないです。



もっと言えば、今我々は利便性からスマートフォンを持っていますが、スマートフォンがない方が良い社会だと言う人は少ないと思います。でも、1920年代の人が見たら、ディストピアにしか見えないと思う。極端な結論を、過去の視点から見るとそうなるのであって。だいたい考えた上での結論に至るので、たいした事ではないと思うんです。



菅付:テクノロジーの発展が目指すもの、とは何になるのでしょうか?



落合:難しい言葉の定義ですが、テクノロジーが今目指したいのは、人間性の脱構築だと思いますね。旧来の人間性を保ったまま、テクノロジーと向かい合ってくと、わけがわからなくなってしまうので、一度整理した方がいい。あとは、機械と人間を比べることをやめる、ということ。知り合いのメディアアーティストが、「ロボットに人権を認めるべきだ」と言っていたんです。ロボットに人権がなくて、我々には人権があるから、人間は機械じゃまずい。でも、ロボットに人権があったら、僕らはもっとハッピーだと思いませんか?「おじいちゃんが脳卒中だったんだけどさ、脳みそだけインテルに切り替えたよ」って。


SF映画のストーリーすら超越したようなビジョンを持つ落合さん。現代の魔法使いと呼ばれる彼の研究とともに、想像もつかないような未来がやってくる、そんな予感のする一夜となった。



(文:岩間淳美)



■次回の開催情報



【トークイベント】菅付雅信連続トーク「これからのライフ」 第2回:ゲスト東 浩紀氏「これからの思想」




落合陽一(おちあい・よういち)

1987年東京生まれ。メディアアーティスト、筑波大学助教 デジタルネイチャー研究室主宰、VRC理事。

筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学で学際情報学の博士号を取得(学際情報学府初の早期修了者)。2015年より筑波大学助教に着任。デジタルネイチャーというコンピュータと人の新たなる関係性を実証するため、実世界志向コンピュータグラフィクスやヒューマンコンピューテーション、アナログとデジタルテクノロジーを混在させたメディアアート表現などを用いて表現活動を行っている。 World Technology Award 2015、世界的なメディアアート賞であるアルスエレクトロニカ賞受賞など、国内外で受賞歴多数。著書に『魔法の世紀』『これからの世界をつくる仲間たちへ』がある。



筑波大学デジタルネイチャー研究室



菅付雅信(すがつけ・まさのぶ)

編集者/株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役。

1964年宮崎県生まれ。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務め、出版からウェブ、広告、展覧会までを編集し、様々なプランニングを行う。書籍では朝日出版社「アイデアインク」シリーズ、「電通デザイントーク」シリーズ等を手掛ける。 下北沢B&Bにて「編集スパルタ塾」を開講中。多摩美術大学非常勤講師。著書に『はじめての編集』『中身化する社会』『物欲なき世界』等。



グーテンベルクオーケストラ