端から手前味噌で恐縮だが、9月13日付産経新聞1面の名物コラム〈産經抄〉で拙著『すごい!広島カープ 蘇る赤ヘル』(PHP文庫)が取り上げられた。広島が初優勝した1975年、中学1年の私が通っていた学校では教師が大喜びし、カープのことばかりしゃべって授業をしなかった、というエピソードを紹介。1991年以来25年ぶりの今季の優勝も家族ぐるみで喜び合う「広島市民とカープファンがうらやましい」と結んでいる。

iStock

地域の理想的快挙

 さらに、2面の社説に当たる〈主張〉でも「地域の理想的快挙を見た」と題してカープ優勝に言及。「前回優勝から四半世紀に及ぶ雌伏の期間、主力選手の流出を止めることができなかった。(中略)実績を残した選手を引き留められないのは、チームの経営事情のためでもある」と振り返り、だから「資金力が豊富な球団の優勝とは違った意味がある」「地域社会の進む道しるべとしても、広島の優勝は大いに参考になる」と指摘している。

 スポーツニッポンは緊急連載〈25年ぶり鯉のぼり〉で、1993年に導入された逆指名ドラフトとFA制度が長らく続いた暗黒時代の原因だったと主張した。「逆指名制度導入の影響は大きく、広島は大学・社会人の即戦力獲得に苦戦し、高校生の素材中心のチームづくりを余儀なくされた」「FA制度で出口をあけられ、逆指名制度で入り口を閉ざされた二重苦」(9月13日付)。それから14年後の2007年に逆指名制度が廃止されて、「ルール無視がまかり通っていたドラフトが〝正常化〟し、同じ土俵で戦える環境が整った時、発掘と育成を根幹とする広島の道は再び開けた」(同月14日付)。大いにうなずける話だ。

 逆指名ドラフト、FA制度はともに巨人と親会社の読売新聞の主張によって導入が決まった経緯がある。渡辺恒雄オーナー(当時、現読売新聞グループ本社代表取締役主筆)はドラフトは憲法違反とする持論を展開、読売新聞の社説にも「野球選手に球団選択の自由を」という趣旨の一文を載せ、球界のルール改革へと突き進んだ。おかげで1993年以降、巨人は毎年のように資金力にものを言わせて戦力を増強、広島を尻目に優勝9回、日本一5回と我が世の春を謳歌してきたのである。