昔々、中日は強かった。今年で球団創立80周年、優勝回数こそ9回と少ないものの、Aクラス入りは49回(1950年のセ・パ2リーグ分裂以降は46回)。2002年から12年まで球団史上最長の11年連続Aクラス入りしており、最下位に沈んだことは僅かに9回(2リーグ制では6回)しかない。通算成績では巨人、阪神に優るとも劣らない名門球団なのだ。

 その中日が、単独最下位に転落した試合を取材した。今月21日、東京ドームで行われた巨人戦である。先発投手は4年連続2桁勝利を目指す大野雄大だったが、10安打5失点でノックアウト。打線もマイコラスに8回まで2安打無得点と手も足も出ず。結果、2−5の点差以上に一方的な内容で惨敗した。

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80年で最悪の暗黒時代

 翌22日はもっとショックの大きい逆転サヨナラ負けだった。先発したバルデスが初回に2点を失いながら、奮起した打線が菅野智之を攻め立てて6回に3−2といったん逆転。これなら勝てるかと思われた9回、守護神の田島慎二がギャレットに逆転サヨナラ本塁打を浴びた。球団史上最長の4年連続Bクラスも確定済みで、創立80年で最悪の暗黒時代を迎えていると言っても過言ではない。

 もちろん、勝負は時の運。せめて試合内容や選手起用が、ファンにとって納得できればいい。来季につながる光明が見えれば救いもある。しかし、それではなぜ、最下位転落がかかっていた巨人2連戦で、進境著しい遊撃手・堂上直倫がスタメンから外されたのか。

 2006年秋のドラフトで巨人、阪神との競合の末、中日が1位指名した大型内野手・堂上も今年で10年目。ここまでレギュラーに定着できず、開幕前には2年目の遠藤一星にポジションを奪われかねないところまで追い詰められた。が、その遠藤が怪我で戦列を離れるや、長年ブレークできなかった鬱憤を晴らすかのように勝負強い打棒を発揮。夏には初の規定打席にも達して、「来年から客の呼べる選手になるだろう」と球団関係者や地元マスコミ関係者の間ではもっぱらだったのだ。