広島が25年ぶりに日本シリーズへの進出を決めたクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ第4戦は、41年前に初優勝を果たした10月15日に行われた。試合前、その41年前の主砲かつ25年前の優勝監督、山本浩二氏がテレビ解説の仕事でマツダスタジアムに登場。さっそく第3戦まで17打席無安打と不振の鈴木誠也をつかまえ、身振り手振りをまじえて熱心に指導していた。

 グリップの位置を示し、「ここをこうするんじゃ。こうよ、こう。わかるか?」などと助言。直立不動で神妙にうなずいている鈴木に、「ポッと言われただけじゃあわからんかもしれんけどの。だんだんに覚えていきゃあええよ」と山本氏が軽く肩をたたいて〝臨時打撃教室〟は終了した。そうしたら、その日の第1打席で初安打、初打点である。かつての〝ミスター赤ヘル〟が〝神ってる〟若者に大きなきっかけを与えた一幕だった。

昔は暗かったチーム

 第1戦の試合前には、25年前の4番打者・西田真二氏もやってきた。「おお、赤坂くん、久しぶりじゃのう!」と声をかけられ、昔話に花を咲かせたあと、自分が監督をしている四国アイランドリーグplus・香川オリーブガイナーズの話題を持ち出し、「来年は四国にも取材に来てくれよ。ええ選手がいっぱいおるぞ。中日の又吉(克樹)、亀澤(恭平)もウチでプレーしてドラフトにかかったんやから」。さらに、旧知のアナウンサーを見つけると、「まだまだ解説もイケるで。使うてもらえんか」としっかり売り込んでいた。

 そんな山本氏、西田氏の現役時代を知っている古株の球団関係者に、いまと25年前ではどこが一番違いますか? と聞いてみた。

 「昔のチームは暗かったよね。勝っても負けても、ロッカールームではみんなブスーッとしとった。同じポジションを争うライバルとなると、ろくに挨拶もせん。目が合うたら、『おう』とか『ああ』とか言うだけ。ときには、選手同士の揉み合いや殴り合いもあったほどや。でも、グラウンドに出て、いざ試合となりゃ、チームプレーも機動力野球もきっちりやる。昔はそういうチームじゃった」

 1980年代のカープ黄金時代を支えた同い年のショート・高橋慶彦、正捕手・達川光男がツノ突き合っていたことは、地元ファンの間でもよく知られていた。投手陣の3本柱・北別府学、大野豊、川口和久もほとんど口を利かず、プライベートで食事に行ったという話もまったく聞いたことがない。余談になるが、彼らの現役時代、たまには一緒に飲みに行かないんですか? と私が川口氏に聞くと、「飲みに行く相手ならちゃんといる」と白武佳久や紀藤真琴の名前を挙げていたものだ。