aflo_XJDA089269ボブ・ディラン、1965年。PHOTO: REX FEATURES / AFLO

10月13日20時過ぎ(日本時間)、スウェーデンのストックホルムにある選考委員会は、2016年のノーベル文学賞の受賞者としてボブ・ディランを選んだと発表した。

米ミネソタ州に1941年に生まれたディランは、62年にレコードデビューし、グラミー賞やアカデミー賞、さらにはピューリッツァー賞も受賞している。公民権運動やベトナム戦争を背景に、体制に対するオルタナティヴであり続けたその姿に、多くの若者は惹きつけられ、崇拝さえした。

オルタナティヴとしてのディランを考えるとき、1965年7月、ニューポート・フォーク・フェスティヴァルに登場したディランの姿を思い出さずにはいられない。ステージに立ったその手には、アコースティックギターではなくエレキギターがあって、それに対する群衆の反応は──決してよくはなかった。

1954年、米ロードアイランド州ニューポートで始まったこのフェスティヴァルは、当時、極めてトラディショナルなフォークミュージック・フェスティヴァルとして知られていた。

もっとも、初めてエレキギターをプラグにつないだ演奏者はディランではない。その1年前にはマディー・ウォーターズが、そしてチャンバーズ・ブラザーズとバターフィールド・ブルース・バンドも、同じようにアンプリファイされた音楽を奏で、問題にはなっていない。だが、ディランの転換は、フォークファンの観客の大多数から裏切りとみなされたのだ。

ディランのバンドが急に結成されたものだったこともまずかった。バターフィールド・バンドからの数名とピアノ奏者バリー・ゴールドバーグで編成されたバンドは、一夜漬けのリハーサルをするのがやっとで、演奏前にはサウンドチェックをする時間もなかった。結果は──、貧相なサウンドと不揃いなバランス。観客を盛り上げることはできなかった。

観客からの敵意は、最初に演奏された曲「Maggie’s Farm」が流れ出したときから明らかだった。それは「Like a Rolling Stone」の間も続き、「It Takes a Lot to Laugh, It Takes a Train to Cry」でピークに達し、ディランとバンドはステージを去った。居心地の悪い幕間のあと、ディランはステージに呼び戻され、アコースティックギターを手に取り、今度は観客の歓声のなかで「Mr. Tambourine Man」を演奏した。そして「It’s All Over Now, Baby Blue」を演奏し、ニューポートに別れを告げた。

ディランは、予想外のネガティヴな反響に動揺したようだ。ニューポートでの非難の嵐について質問されると、彼はいつも「正直な反応だったんだろうな」と答えている。

だが、時代は変わり、人びとも変わる。ディランは2004年ヴィクトリア・シークレットのテレビCMに登場し、ニューポート・フォーク・フェスティバルもダンキン・ドーナツやベン&ジェリーが協賛していたことだってあるのだ。