●〈是非〉の違い
 後述しますが、同じ漢字でもお国柄により違う意味で使われて誤解を生むことがあります。ここでお話しする「是非」という漢字も日本と韓国では大変異なる使い方をします。

 日本では良かろう「是」と悪かろう「非」をひとまとめにし「必ず」という意味で使われますが、韓国では全く違った意味で使われます。

 韓国では正しい「是」か、間違っている「非」か、を見極める意味で使います。

 「是シ非ビ」とは良いか悪いかを正す用例に使われ、「シビルル カリダ」(是々非々を極める)というフレーズがあります。この言葉は物事を「曖昧」にするよりもどちらが正しいかケリをつけるときに使います。

 今両国で仲違いしている「歴史問題」においても、一言で言うと「とことん話し込んで是々非々を極めよう」というのが韓国で、「済んだ問題をいまさら言っても水掛け論だ」というのが日本です。


●むき出しの感情
 日本のBSテレビでも放送された韓国ドラマ「限りない愛」の原題は「ムジャシギ サンパルチャ」(無子息上八字)です。直訳すると「子どもが居ない方が幸せ」という意味で「とかく子どもがいると悩みの種が尽きない」とうたっていますが、これは逆説的で正しくは「子どものおかげで悩みが尽きないが、ああだこうだと言いながら問題を解決することにより家族の絆が強まる」ことを表現しています。

 誰よりも血の繋がりを大切にする韓国において一昔前でしたら子どもがいないのは離婚の理由になるほどでしたが、むしろこの言葉は子どもを授からなかった人への慰労の意味で使われています。

 「子ども! 子ども! と子どもを欲しがるけれど事故にあったり、問題を起こしたりして悩むより子どもがいないほうが心配の種がないのでいい」と慰めに使います。ドラマでも三男坊に子どもがいない設定になっているのは、タイトルと関わりがあります。


文=権 鎔大(ゴン ヨンデ)
出典=『あなたは本当に「韓国」を知っている? 』(著者/権鎔大 発行/駿河台出版社)