文化や慣習が多少違っても、現代物ならすぐ感情移入できると思われるのに、なぜ難解な韓国の歴史物が日本で人気なのか、最近読んだ本からヒントを得ました。

 春日太一『なぜ時代劇は滅びるのか』の中で今日、時代劇が流行らない理由をいろいろな角度から分析していますが、日本の歴史ドラマに当てはまるのが「〈考証をうるさく言いたがる風潮〉は、つくり手だけでなく見る側にも窮屈さを与えてしまった」と前置きし、「自由気ままに時代劇の魅力である本来のファンタジーを失わせてしまった」と述べている部分です。「水戸黄門張りの時代劇=勧善懲悪」というパターンにはめ込んだことも時代劇を不振にした理由の一つとして挙げています。

 韓国の歴史ドラマが「考証云々と小難しいことを言う意見」よりも、歴史的な題材を基に自分が描きたいストーリーに愛、陰謀、裏切り、試練、成長という要素をちりばめ、自由気ままに練り上げることで現代にも通用する作品に作りあげているので、日本の視聴者はそのおもしろさに引かれ熱中しているのかもしれません。歴史ドラマを見る人は登場人物の名前を覚える労苦もいとわず歴史的な背景も気にせずドラマが描く縦横無尽なファンタジーを追い求めていることを知りました。「現代という背景では描けない、歴史という舞台を借りた人間劇に魅了されている」ということも。

 歴史的な事実よりも、その背景を借りて視聴者の欲求を満たす手段として「朱蒙」や「チャングム」が借用されているに過ぎなかったことに気づかなかった、私の不明を恥じるものですが、しっかりした時代考証の上で登場人物の心理的葛藤などを描きながらストーリーが展開される歴史ドラマを見たい気持ちに変わりはありません。


文=権 鎔大(ゴン ヨンデ)
出典=『あなたは本当に「韓国」を知っている? 』(著者/権鎔大 発行/駿河台出版社)