8月9日から阪神甲子園球場で開幕する、第96回全国高校野球選手権大会の地方大会が大詰めを迎えている。
 続々と甲子園出場校が決定するなか、敗れ去った高校もいることを忘れてはならない。特にさまざまな理由から、同一校ではなく複数の高校が1つのチームで試合に出場する、「連合チーム」はすべて敗退した。

 連合チームについてはその条件や、ならではの苦労など、あまり知られていないのが現状だ。今回は高校野球の「連合チーム」について紹介しよう。

◎意外と知らない連合チームの歴史

 その歴史は1997(平成9)年に遡る。当時の日本高野連は、統合または廃校により部員不足が生じる事態を救済するため、「統廃合による大会参加の特別措置」を承認。この特別措置適用の第一号として、高岡宇佐分校と高知海洋の連合チームが承認され、第79回全国高等学校野球選手権高知大会に参加した。試合は1−10で初戦敗退したが、全国初の連合チームとしてその名を刻んだ。

 そして2000(平成12)年には、廃校による部員不足を解消するため、近隣校から選手を借りて大会に出場する事を認める特別措置を導入。その後も連合チームは学校の多様化や少子化の影響で、2004(平成16)年には31チーム、2005(平成17)年は58チームと、年々増え続けた。

 さらに日本高野連は2011(平成23)年に、東日本大震災で被災した選手や学校を救済するための特例措置を発表。被災で部員数が減少した高校同士による、連合チームの大会参加を容認し、第93回全国高等学校野球選手権福島大会には双葉翔陽、富岡、相馬農の3つの高校が「相双連合」として出場した。

◎条件の大幅緩和で増える連合チーム

 そして、2012(平成24)年。日本高野連は連合チームの大会出場条件を大幅に緩和した。部員不足の高校のために連合チームを結成する条件として、「同じ都道府県高野連に加盟し、原則として週2回程度の合同練習をできることが望ましく、関係校間の距離は問わない」としている。母体の高校の選手が最低5人在籍していることを条件とし、他校の選手も含めた合計選手数は最大10人とする、というルールが設けられた。

 結成条件が大幅に緩和された影響だろうか、今夏の地方大会では、その都道府県では初となる「連合チーム」の出場が相次いだ。

 茨城大会では岩瀬と筑波が部員不足により、夏の大会史上初めて連合チームとして出場。滋賀大会でも石部・信楽・甲南が初めて連合チームとして出場した。ともに勝利は挙げられなかったが、学校の枠を乗り越えて夢の甲子園出場を懸けて試合をすることができた。

◎勝ったら校歌はどうするの? 悩み多き連合チーム

 勝利を挙げた連合チームもある。鹿児島大会に出場した串木野・加世田常潤は鹿児島第一に10−3でコールド勝ち。群馬大会では3校合同の下仁田・万場・長野原も、前橋西に10−3でコールド勝利を収めた。群馬大会では秋春の大会も含めて、連合チームが公式戦で勝利したのは初めての快挙だ。

 しかし、この連合チームならではの苦労も絶えないという。たとえばこの下仁田・万場・長野原は、ナインが集合するのもひと苦労。練習場の長野原と下仁田は車で片道1時間半もかかり、万場からは2時間もかかるという。ある連合チームでは、併殺プレーなどの連係が上手くいかず、チーム内では不満が爆発。単独チームで出場したほうが良いのでは……という意見も出たという。

 さらに悩むのが勝利した場合、どの学校の校歌を歌うかという問題だ。各連合チームが選択するようだが、鹿児島大会の串木野・加世田常潤では勝利した初戦では串木野の校歌を歌ったという。そして、次の試合に勝利することで、両校の校歌を歌うことを目標にしたそうだ。


 もし、現状の連合チームの条件であれば、「最後の夏」を経験できたのに……という元球児は多いかもしれない。試合ができる、甲子園出場を目指せるスタートラインに立てる喜びを胸に、いろいろな障壁を乗り越えて、これからもがんばっていってほしい。
(文=鈴木雷人)


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