【天安聯合ニュース】日本による植民地時代にロシア・サハリンに強制動員され、戦後も同地に取り残された韓国人犠牲者の遺骨11柱が22日、約70年ぶりに故国に戻された。

 2013年5月に韓国とロシアがロシア内に埋葬された韓国人の遺骨発掘と返還について合意し、同年に1柱が返還され、その後14年に18柱、15年に13柱が返還された。

 遺骨の送還を受け、忠清南道・天安の国立墓地「望郷の丘」では追悼式が行われた。望郷の丘は、主に日本による植民地時代に異国の地で死亡した人の安息の場として造成された。

 追悼式にはサハリンに強制動員された被害者の遺族団体や政府関係者、在韓ロシア大使館、在韓日本大使館関係者などが参加した。

 行政自治部の洪允植(ホン・ユンシク)長官は追悼の辞で「厳しく過酷な植民地時代に不慣れな土地に連れて行かれたときは、故国から遠く離れた冷たい土地に埋められるとは故人も想像していなかっただろう」とした上で、「政府は今後、歴史的な使命という意識を持って犠牲者の遺骨をすべて発掘・返還するため努力する」と伝えた。  

 植民地時代には多くの韓国人がサハリンに強制的に連れて行かれ、炭鉱や土木工事現場、工場などで苛酷な労働を強いられた。

 終戦時にサハリンに残されていた韓国人は、日本に放置され帰国できず、1990年に韓国とロシアが国交を正常化するまで帰国する方法がなく、多くの人が同地で亡くなった。