みんなの意見
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被害者意識から言えば、極刑にして欲しいと思うでしょう。
ただ、日本の法律の場合、犯罪者の量刑がどれが妥当か争うものになっています。
全員一致で極刑ならいいですが、一人でも異論者がいれば、極刑にならないと言うのは、その異論者の理由が一理あるなら、賛同しますが、単に死刑廃止論者なら、疑問を持ちます。
ただ、現状では死刑確定者が100人を超えてる事を考えると、裁判官が死刑と言っても、法務大臣が納得いかない量刑とみてるからでしょう。
それなら、死刑確定=死刑 ならいいですが、死刑確定=無期懲役 になってしまうなら、問題であり、司法が何のために判断したのか、不明瞭になってしまいます。
そして、新たに出来る裁判員は、赤の他人の生命を自分の言葉一つで、殺してしまうことになる事を重々承知の上、判断して欲しいものです。
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ゲスト
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私は死刑制度には容認派です。
しかしやはり私は、無作為に選ばれた(面接試験を経るとはいえ)一般人が、
有罪か無罪か、まして死刑を含めた量刑を決めるというのは、賛成できま
せん。
まして判決というのは、人の一生を左右する大切な問題です。法律的知識、
人を裁く素養、教養、そのような、判決をだす上で欠かせない要素が保証
されない人間に、量刑を決める資格があるのでしょうか?
確かに、世の中には、ひどい裁判官もいるのでしょう。だからといって選
ばれた民間人が、彼らより質がよいという保障はどこに?
私には死刑を下すという決定はできないし、すべきでないと思います。人
の生死を決めれる程、私は偉い人間ではありません。
それは、やはりきちんと法の資格を得た、司法試験に合格した、裁判官が決
めるべきだと思います。(司法試験が、法的素養、人を裁くにふさわしい社会
良識が備わっているかを測るに適正かというのは、別問題かと思います)
民間人として、いろいろ意見を言う機会が与えられるのはよいと思います。
しかし、最終判断、決定は裁判官がすべきではないでしょうか?
そんじょそこらの医者より、俺の方が知識も技術もあるよ、と、医師の資格
を持たない一般人が治療を始めたら、どうなるでしょう?実際に本物の医者
より、その人の方が優れていても、それは許されることではありません。自
分に対し行うのはその人の勝手かもしれませんが、他人に対して治療行為を
行うことは、やはり制限されます。医者の国家試験が医師としての適正を測
るに妥当かどうかとは、別の問題です。
このままでは、裁判官の仕事は民間人でできるなら、裁判官の意義、意味、
ってあるの、という話になりかねないと危惧しています。
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ゲスト
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私は死刑容認派です。
もし、自分の家族が何者かに殺されたら、それは死をもって償うのが妥当と思うからです。
人の命は誰にも奪う権利はありませんが、それを犯したものにはそれ相応の処罰が下されて然りです。
ハンムラビ法典の同害復讐の原則「目には目を、歯に歯を」が同刑罰として適すると思います。
しかし、全ての人が死刑を望んでいるというわけではなく、別のかたちで罪を償ってもらいたいという考え方があるのも分かります。人それぞれ価値観は異なりますから。
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ゲスト
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