みんなの意見
2008年05月10日 11時26分コメントID:c13565(リンク)
先ず、判決については予想通りでした(無期懲役の差し戻しですから、妥当でしょう)。
さて、コメント〆切まで日が無いので、この辺で変なことを一つ投稿します。
高裁判決後の記者会見で本村さんが受け答えした中に、僅かに違和感がしました。 それは記者が本村さんに「弁護団が上告しましたが」と聞いた時で、本村さん笑いました。
苦笑、の様な笑い方だったと思います。
それまでの受け答えとのギャップが、今でも解消できません。 しかし録画していた訳でもないし、ネットの動画を見れる環境でも無いので、今でも確認できませんし思い過ごしかとも(自信がありません)。
ただ、もし苦笑されたのなら、どうしてかなと。 自分なりに想像してみるものの、あの時点で苦笑する心境が判りません。 落胆から来る憮然、予想通りとの怒気或いは発奮、私が想像出来るのはこんな程度です。
9年間、それは私の想像など及ばない時間だと言うことなのでしょう。 だから私の違和感も当然なのかも知れませんが、これも当然ながら違和感の解消も無いわけです。
投稿すべきでは無いとも思いましたが、今なら流して貰えるでしょうし、書くだけ書いておきます(所詮は自己満足ですし)。
失礼しました。
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great-f-v
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2008年05月09日 08時43分コメントID:c13449(リンク)
私は、はじめは「死刑は妥当」と考えておりました。
しかし今になって思うのですが、安易に死刑を選択するべきなのかわからなくなってきました。
「被害者の人権無視」「身勝手かつ残酷な行為」「反省が伺えない」など もっともな意見だと思うのですが、やはり性急なのではないかとも思えるのです。せめて数十年の執行猶予をもうけてみるのはどうでしょうか?もちろん猛獣に首輪と鎖は必要なので、加害者にはそれとわかる目印(外せばなんらかのペナルティー)をつけてもらいます。おそらく世間は冷淡な(近寄らない・不信な目で見るなど露骨な)態度をとるでしょう。実質は精神的なリンチなのかもしれませんが…
ここから単純に4つのパターンが考えられます。
(1)世間の厳しさに耐えられず引きこもる →死刑ではないが社会的には無害化
(2)世間の厳しさに耐えられず自殺 →死刑は執行せずにすむ(自業自得)
(3)世間の厳しさに耐えられず逆切れし再犯 →誰も反論できず死刑即執行
(4)世間の厳しさを知り反省 →更生の可能性あり
更生の可能性はあると思います(心情的には「ないとは言えない」です) この方法を死刑廃止論者の方に受け入れて頂けるかはわかりませんが、感情的に「死刑」を連呼せず、すこし落ち着いて考えてみる必要があるのではないかと思います。
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2008年05月09日 08時40分コメントID:c13448(リンク)
他の方もふれていましたが、この事件でどうしても疑問に思うことがあります。
それは、この少年が友人に対して送ったとされる、遺族に対する挑発や挑戦と
して、マスコミでもとりあげられた手紙についてです。
これは、どのような経緯で検察側や報道に流れたのでしょう?また、このような
裁判で証拠とされる物証が、メディアで放送され、かつ、多くの評論家が、コメント
することで、はたして裁判への公正は保たれるのでしょうか?
別にこの少年を擁護する気はさらさらありませんが、裁判員制度が導入される今、
はっきりいって、被害者の処罰感情や、証拠までもが簡単にテレビで流れる今、
マスコミを味方につけた方が、裁判に有利で判決までも影響しかねない状態に
かなり違和感を覚えます。
裁判員制度がはじまっても、今と同じ報道なのでしょうか。
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2008年05月07日 21時31分コメントID:c13313(リンク)
私は法律にはうといので、えらそうなことは言えませんが、どうも
(1)この事件に対し、法律が定める最も重い罰を課す、ことは適切か、ということと、
(2)法律が定める最も重い罰が、死刑であることは適切か、
ということが、混同して議論されていると思います。(1)に関しては、多くの人が賛成
しているよですが、(2)に関しては私は正直、望ましいとは思わないが、完全に否定する
こともできない、といったところです。
しかし別にドラえもんや、母親への甘え、魔界天生など、本当にの当時、そう思っていたのなら、
それを述べる権利はこの少年にはあるのでしょう。しかし、9年たった今振り返って、それをどう
思うのか、当時そう思って犯行に至ったことが、この社会では過ちで、通用しないと、今はきちん
と理解していることを周囲に納得させる事ができなかった点が最大の失敗だったと思います。
というか、この判決を見て、自分の弁護活動の失敗を全く認めない弁護団を見て、この少年も哀れ
だなとおもったのは、私だけではないと思います。
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2008年05月05日 23時00分コメントID:c13158(リンク)
ワイドショーで繰り返し伝えられた被告人のあの手紙に影響を受けていると見られるコメントが少なくないのに驚きました。確かに、あの手紙の内容は不愉快です。しかし、ワイドショーはあの手紙について肝心なことを伝えていません。
あの手紙が単なる私信であるにもかかわらず世間の目に触れることになったのは、あの手紙が証拠として検察側から法廷に提出されたからですが、検察があの手紙をどこからどうやって手に入れたのか、考えてみたことがありますか?あの手紙は、もちろん検察官宛てなどではなく、被告人の“友人”に宛てて拘置所内から発送されたもの。拘置所では検閲が行なわれ、犯行を肯定する手紙など普通は発送できないのに、そんな手紙が“友人”に届けられ、そのまま検察の手に渡るというのは少し考えただけでも奇妙な話です。しかもあの不愉快な手紙は、もともとその“友人”から来た手紙への返信として書かれたというのに、その“友人”がどんな内容の手紙を被告人に送ったのかは明らかにされていません。被告人は友人を失いたくないという気持ちから迎合的な発言をしただけともいわれていますが、それはともかく、手紙の非倫理的な文言だけ強調して、その手紙が法廷に出てきた経緯を何も考えようとしないワイドショーは、もはや報道でも何でもなく、2ちゃんねる的なバッシングに酔っているだけであることに私達は気付くべきでしょう。
“友人”が私信をあっさり検察に提出したことや、拘置所の検閲が機能しなかったことなどを総合的に考えると、被告人の暴言を誘うような手紙が検察の意向の下で“友人”から被告人に送られた可能性は否定できません。もしそうだとすれば、検察側は自分に有利な証拠を“作り上げた”ことになります。これは正当な立証活動とはいえません。
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