みんなの意見
2008年06月27日 10時14分コメントID:c17134(リンク)
2008年06月26日 19時10分コメントID:c17318(リンク)
殺人に対して死刑は当然だと思います。
まず犯罪に対する処罰として。
犯罪の中身によってそれに相応しいペナルティが課せらるべきで、過失致死とかでなく殺人の場合には当然死をもって償うべきです。
それに被害者が納得できる重さが必要だと思います。
窃盗やキブツ損壊とは違い、殺人や強姦・痴漢の冤罪などは人の一生、家族とかを含めれば二生・三生を破壊するわけで現状は罰が軽すぎるんじゃないか、と個人的には思います。
また犯罪抑止力として。
死刑になりたいと思って自暴自棄になる犯罪者には抑止力にならないという意見がありますが、これも死か生かのゼロいちではなくて犯罪に対して相応しい罰を用意すれば完全な精神異常でない限り抑止力になるでしょう。
少し極論を述べます。
包丁で2回さしたなら3回以上刺されるべきです。
残酷な殺人犯なら、指を日に1本ずつ切り落としたり、目を抉り出したりすればいいんです。
実際にそうしないまでも、そういう神話を一般に信じ込ませれば抑止効果があると思います。
秋葉原の殺人犯も死にたい言ったのもポックリいけると思ってのことでしょう。
被害者の苦痛以上に苦しむべきです。金や物でも利息つけて返すのが当たり前なんですから。
日本は死刑採用国として国際的には矢面にたたされていますが、殺人犯が死刑にならない国になんか生まれたくないです。
捕鯨とかと同じで永遠に分かり合えないと思いますが、日本は死刑存続を貫くべきだと思います。
日本国民の圧倒的支持の下に行われているのですから。
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ゲスト
2008年06月24日 21時10分コメントID:c17114(リンク)
残念ながら「死刑になりたい」ので大量殺人を考える人もごく少数いるのが現状です。
しかし、死刑を廃止するとどうなるのか。
「死刑がないのなら何人殺してもいいんだ」「嫌いな奴を全員殺してしまえ」的発想にエスカレートしかねません。
人を殺すということを軽視する人が増加していくでしょう。
今回等々の被害者様には申し訳ないが、被害は最小限で食い止められたと考えるべきではないでしょうか。
なぜなら「死刑」があるからです。「死刑」がないのなら、全国でこういう事件が日常的に多発しかねません。
私には死刑廃止論者の考えが理解できません。
また未成年だからとか、人を何人殺したから死刑とかも理解できません。
殺人者に人権があるのでしょうか?更正させる必要があるのでしょうか?
死刑執行まで7,8年も税金で生きる資格があるのでしょうか?
人を殺してはいけないことぐらい小学生でもわかるでしょう。
偶然の事故や正当防衛等なら考慮の余地はあるが、精神異常とか理由になるのでしょうか?
人を殺めるということは自らの死をもって償う・・・当たり前のことではないのでしょうか?
警察も秋葉原の容疑者を射殺しないのなら、なぜ拳銃を持っているのか?
光市の事件も、当たり前の判決に10年・・大量の死刑廃止弁護団・・今頃宮崎の刑執行・・・
麻原彰晃を裁判する必要があるのか?・・酒鬼薔薇聖斗を更正させるのか?
ぬるま湯につかると人間は暴走する。
ゆとり教育が何を生んだか・・・教育低下、茶髪、ピアス、援交、バカ息子にバカ親、授業崩壊、学校崩壊・・
逆に飲酒運転は劇的に減っている。
死刑も教育もある程度厳罰・厳格化の方向が正しいと思う。
世の中おかしい。
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ゲスト
2008年06月24日 11時01分コメントID:c17097(リンク)
犯罪を犯した人間の発言に影響されて刑罰の可否を論じることは愚かです。
当然ながら様々な要因の冷静な考慮が必要です。
過去に処刑された多くの人間たちをも考慮し今後を議論をするというのも人権問題の一部ではないでしょうか。
法の下の平等が実現されるとしたら、もっぱら量刑に於いてかも知れません。
例えば「閻魔」の酷薄さが描かれることがありますが、平等は時に個々の事情を斟酌しないからこそ実現されるもの。
今回「死刑の犯罪抑止力」がテーマですが、これほど残虐なものはないかもしれません。
防止や予防に正面から取り組むのではなく、「人」が一番恐れるものを報いとして科すことの有効性を議論するのです。
勢い残虐な刑罰が羅列され際限のない提案合戦となり、一方で自然な感情からそれらを嫌悪する意見が出ます。
それ以上の結果が出ると想像しているのか、それともただ単に世論をかき混ぜることが目的なのか、判断に苦慮します。
さて、今回の件ですが、「人」とは何かがもう一度確認されるべきではないかというのが私個人の思いです。
今の私の疑問は、「人道」に反したものは「人」として処遇される権利を持つのか、です。
「罪を憎んで人を憎まず」 まさに正道です。そう言って自ら十字架にかかった宗教者は崇拝されるべき対象です。
でも、犯罪の被害者は明日を夢見て、今を真剣に生きていた人たちです。
その瞬間、命が奪われたことも認識できなかったかもしれません。
あるいは恐怖に身を凍らせていたのかも知れません。
多くの意見にあるように、これまで余りに死者の人権が軽んじられてきました。
今一度、国民全てが反省し、自分の問題と捉える時でしょう。
物言えぬ被害者達が何を望んでいるかを考慮しない「人権論」は生を許された人間たちの傲慢と自己満足ではありませんか。
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ゲスト





