一昔前は「うつ病」というと「なまけ病」「甘え病」などと言われ、本人の性格や気合の問題だと誤解を受けることも多かったのですが、ようやく最近は治療の必要な病気であることや、「叱咤激励しない」「まずはゆっくり休ませる」などなど周囲の対処法の認知も広がってきたところで、こんな記事を読んでとまどっています。
みんなの意見
2008年06月11日 18時48分コメントID:c16065(リンク)
私もうつ病なんですが、日によって波があって
トイレにも行けないほど動けない日があれば、
買い物くらいには行ける日もあり、症状は同じ人間でもまちまちです。
でも大抵の日は、根底に「死にたい」という気持ちが流れており、
何をやるにも辛く、全てが虚しいと思ってしまいます。
ところで、私の友達なんですが、これまたうつ状態で休職してるんですが
「毎日楽しいし、家事もやりがいがあるよ!」と言い、
給料を貰いながらアロマテラピーの学校に通ったり、
新幹線でしか行けない遠くの友達に会いに行ったりと活動的です。
しかも休職中に結婚式をあげ、同僚を呼び、新婚旅行にも行ったそうです。
彼女と私を同じ病気だとは思われたくないというのが正直なところです。
彼女は彼女で辛いことがあるのかもしれませんが、
私たちは同じ教員=公務員であって、
税金で休んで遊んでるって思われたくないのです。
彼女とは一緒にいても辛いので縁を切りました。
私のようにホントに苦しんでるうつ病患者が偏見の目で見られないためにも
分類していただきたいです。
私は専門の医者ではないのでわかりませんが、
私は「うつ病」で、職場だけイヤな人は「適応障害」ではないでしょうか。
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meishome
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2008年05月29日 20時28分コメントID:c14758(リンク)
うつの定義を狭く考えすぎてはいませんか? ここに症状は異なるでしょうが、その人たちは、うつの最悪期にも外出が平気だったのでしょうか? 家族や本当に気を許せる友人以外と会うことはできたのでしょうか?
うつの回復期であれば、外出は可能なはずです。 疲れないなら、徐々に外出した方が良いかもしれません。 工場で班長に昇進したなら、それなりの仕事はしていたのでしょう。 昇進が無ければ、抑うつ状態にはならなかったかもしれません。
旧来のものか新型のものかはわかりませんが、抑うつ状態を継続することでもっとも怖いのは『自殺』です。 たとえ、新型うつで甘えが原因だったとしても、自らを傷つけることが考えられる限り、主治医や周囲は安全な方法を選ぶべきです。
その危険を無視したまま、旧来のタイプだとか新型だとか第三者が言うべきではないのではと思います。 新型うつとみなされた人に『自殺』の危険が絶対に無いと言うなら別ですが。 どうでしょうか?
埼玉県 中島
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2008年05月29日 10時01分コメントID:c14978(リンク)
単純に「うつ病」に対しての理解?認識?が一般的になってきただけのことじゃないですか?
昔は「怠け病」「甘え病」としか考えられていなかったから限界まで我慢した。
結果、休職できても「日常出来ていたことが引き続き出来ない」「好きでやっていたこともやっぱりやる気が出ない」最悪「死」を選ぶ。
という状態になってしまっていたんじゃないですか?
今は徐々に昔のイメージが改善?されてきているから限界までは我慢しない。
結果、休職できたことによって「症状が改善する」「好きなことに没頭できる」「遊びに行ける」けど仕事に復帰しようとすると「悪化」する。「
というだけじゃないですか?
だから「うつ病」で休職している人間が遊びに行ったり趣味に没頭したりしているからって
そういう行動をしている人すべてが「現代型うつ病」で「甘え病」だとするのは危険だと思います。
もちろん中にはご指摘通りの方もいらっしゃるでしょうけど「従来型」と「現代型」を区分するのではなく
「うつ病」と「〜人格障害」を区分すればいいんじゃないですかね。
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ゲスト
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2008年05月28日 22時10分コメントID:c14935(リンク)
2008年05月28日 19時05分コメントID:c14923(リンク)
SSRIが米国で承認されたので、その薬を売るために、簡単に鬱病認定するようになりました。
具体的にはそれまで、半年程度死にたくなってないといけないのを2週間〜4週間にしました。そのくらい落ち込むことは容易にあります。これは、高血圧の薬が発売されたときと同じ現象です。病人の数を倍にするように基準を変更したということです。
人間は弱いので、鬱病と一筆書いてもらえれば、楽な暮らしになると思えば、そうしたくなる人がたくさんいるのは説得力があります。私の職場にも、鬱病と一筆書いてもらって、直属の上司にだけ報告して、長期休暇をとり、会社には伝えずに、自宅勤務やら何やらを駆使して、生活していると「思われる」人もいます。
僕だってそうしたいと思うときもありますが、そこは歯を食いしばってがんばっています。ただし、大事なことは、「結局がんばっている人と、がんばっていない人の差は、いろいろな意味(業績・実力・信用)で開く」ので、今は鬱ブームがきていますが、やがて評価と認識が適正化されてくると思います。今まで、がんばりに対する評価が高すぎたことの反動による調整期間だと考えています。
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