みんなの意見
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折角助かった命です、自殺なんてもったいない。
世をはかなむ前に「なぜ助かったのか?」の答えを探してみてはいかがですか?
なんて、そんなに人に偉そうに言える立場ではないけど、例えば、今まで見たことも無い世界に行ってみられたらいかがです?
候補地としては沖縄とその周辺の島はいかがでしょう?
なぜ?…と聞かれるとつらいのだが、灰谷健次郎さんの「天の瞳」で、登場人物が沖縄に行って人生観が変わった…といったくだりがあったからです。
東北とは全く違う生活環境で暮らしてみれば考え方も違ってくるかもしれない。
でも、ただで行ってステイさせてくれるほど世の中は甘くないので、サトウキビの収穫の手伝いとかで募集をかけるというのはいかが?
心を病む人にどれだけの効果があるかはわからないけど、世の中に自分が必要とされている…と思うことは、恥ずかしながらうつ病で悩んだ妹を見てきた私には絶対必要なことだと思うのです。
かわりに冬には沖縄の人を東北に呼んで雪かきをしてもらうなんていかが?
お互い全く違う世界を見ることができるし、集落単位で人と人との交流を行えば、また違った絆ができるかもしれない。
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metabocchan 男/50代/中国
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PTSDやうつ状態には、被災者のみならず、どの人間にもなる事です。
まずは、被災者とそうでない者との切り離した考え方を改めることが必要である。
次に、行政機関や専門家でないと対応できないという考え方を変えること。
と、述べるのは、機関や専門家に任せきりになると、対応出来る人数が限られるからです。
100人の心を病む人がいるなら、その100人の病む理由も異なっています。
似て非なるものです。1つ1つに機関や専門家に任せきりになると、人手が足りなくなります。
ここは、国民全員で取り掛かるしかない。
一人一人の気遣いで前向きになっていただくしかない。
酷い様に聞こえると思いますが、PTSDやうつ状態になった方は、最終的に自分で乗り超えていかないといけないのです。
周りができるのは、その乗り越えていく為のサポート。
自殺した者が弱かったと言っているのではありません。その人も、ずっと自分自身と戦っていたのだと思います。
周りが出来る事と言えば、PTSDやうつ状態になった方の存在価値を認めること。
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ウリ兄 男/20代/近畿
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本来なら宗教者がもっと活躍するシーンなのに、宗教活動が活発に行われているという話はとんと聞かない。
被災地の精神的救世主は精神科医とボランティアだった。でも精神科医とボランティアにこんな重責は担えないと思う。
是非はともかく、宗教者がもっと宗教活動を行えば救われる人は沢山いると思う。
今年1月7日付の読売新聞に脳科学者の養老猛さんが東北の被災に関連して興味深い考察をしています。「寝たきりで回復の見込みのない患者にとって、自分の生きている意味はなにか。」です。これは哲学者で精神科医のビクトール・フランクルの著書にある言葉らしいです。先の見えない状況に置かれている被災者の方で精神的に同じような状況の方は沢山いると思います。
こういった問いに対する答えを用意しているのは宗教だと思うんですよ。
宗教者でボランティア活動をした人は大勢いそうですが、宗教活動をしたところは少ないと思います。
「絆」とか言ってますけど、最強の絆は宗教ですよ。
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quickeggy
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素人の意見として参考にはならないかも知れませんが。不登校の子供に親の意見は聞かないから
一度何故か聞いて欲しいと頼まれ話したことあります。親に対する不信感 友達との会話何も
かも上手く行かず自信を無くしてました。総て下向き話しても目を避けて床見て半分泣きべそ
泣くのはかまわないから 人と話する時は顔上げて目をみて話しするのが常識です。
一言注意したら其れから出るは出るは、不平不満が次から次えと約一時間位ただフンフンと聞いてただけですが
最後に一言、これからもっと辛い事が沢山あるよ。其のたんびに引きこもるのか「ただ普通の人に」
なって欲しいから、セメテ学校だけ卒業して好きな事をして生きて行けば良いではないか。
納得して今は通ってます。
今回は死と隣あわせの経験などで次元が違いますが「死、経済的な問題」
色々な事が重なり合ってトラウマに成ってる事と察します。なににこだわっているか!
まずそこら辺から話し合う事から 一番の支援に結びつくと思います。上からの目線では駄目です。
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おっさん




