東日本大震災で親を失った震災遺児は1500人を超えているそうです。遺児家庭の経済状態は総じて厳しく、金銭的な支援とともに遺児達への心のケアの必要性も叫ばれています。また、父親か母親のいずれかを亡くした遺児は、里親登録などの手続きがある孤児に比べて行政が接触する機会が少なく、その生活実態は、ある意味「盲点」になっていると河北新報は報じています。さらに、震災で生活基盤にダメージを受けたにもかかわらず、震災以前からの遺児家庭の場合、「震災」支援制度が使えない事が多く、遺児の間でも「線引き」がなされていることが問題になっています。
東日本大震災で親を失った震災遺児は1500人を超えているそうです。遺児家庭の経済状態は総じて厳しく、金銭的な支援とともに遺児達への心のケアの必要性も叫ばれています。また、父親か母親のいずれかを亡くした遺児は、里親登録などの手続きがある孤児に比べて行政が接触する機会が少なく、その生活実態は、ある意味「盲点」になっていると河北新報は報じています。さらに、震災で生活基盤にダメージを受けたにもかかわらず、震災以前からの遺児家庭の場合、「震災」支援制度が使えない事が多く、遺児の間でも「線引き」がなされていることが問題になっています。
皆さんは、震災で生活基盤に打撃を被った遺児への支援はどうあるべきだと思いますか?就労就学支援のあり方や、金銭的援助の場合は、どういった枠組みですべきなのか。さらには精神的なサポートまで、遺児の支援のあり方に提言をお寄せ下さい。
> 河北新報ニュース これから−大震災を生きる 第2部・遺児(7完)見守る/感情を共有、共に歩む/誰もが支える存在に 2011/10/9
> 「何としても救いたかった」。神戸大病院の医師で、同大大学院医学研究科の田中究(きわむ)准教授(55)=児童精神医学=は、今も無念さをかみしめている。
> 阪神大震災で被災児童らの心のケアに当たった田中准教授は、今回の震災後も何度か仙台を訪れ、診察に当たった。神戸に戻っていた4月、「事件」は起きた。
> 両親を津波で失った福島県の10代の少年が、兵庫県の親類宅に引き取られた。少年は部屋に閉じこもって自傷行為を始めた。連絡を受けた田中准教授は急いで病院に連れてくるよう指示したが、少年はそのまま親類宅から逃亡、保護された。「福島に帰りたい」。そう訴える少年は福島県の親類宅に移されたが、その直後、両親の遺骨を抱いて海に身を投げた。
> 「極端な例かもしれない。ただ、こういうことも起こり得るということ」と田中准教授は表情を硬くする。
> 「言葉も文化も違う東北から関西へ移されただけでも子どもが受ける心理的影響は大きい。第一に考えるべきは、長期にわたって、その子に関わることができる大人が感情を共有し、安心できる場所を作ってやることだ」と強調する。
>>全文は河北新報へ
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1087/20111009_01.htm
【参考】
河北新報ニュース 第7部・すきま(3)苦悩/遺児線引き窮状拍車/生活資金進学に充て 2012/01/31
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1087/20120131_01.htm
◇この記事はgooニュース畑と河北新報社の連携企画です。河北新報社の許諾を得て一部引用しています。