みんなの意見
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絆という言葉が盛んに使われていましたが、今や色あせてしまっていませんか。
被災地といっても都市化されているところもあれば、過疎化しているところもあり、
地域の絆といっても様々です。
大きな災害があれば、それによってコミニテイが破壊され、当然絆が失われている
だろう、というのが地域外の人の抱く一種の思い込みのようなものです。
しかし、強い結びつきのあった地域は、災害があってもそれが壊れることは無く、
その結びつきが復興の原動力となる地域があります。
そして、地域としての結びつきの希薄であったところは、幾ら絆と叫んでみても、
もともと無いのですから再生の仕様も無いわけです。
要するに、強い絆があったところは壊れることはないし、弱い絆は再生できない
ので、外部の人が幾ら気を揉んでも空しいだけです。
手垢のついた言葉である「絆」なんてものにしがみついて徒に郷愁に捉われていな
いで、如何に住みよく魅力のある新しい町作りをするか、一日も早く青写真を作っ
て復興に着手することが肝要です。
テレビの喜ぶお涙頂戴式の絆論は、復興には余り役立たないでしょう。
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ガンチョウ 男/関東
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まず、結論を言います。
「景気を回復させること。一部の富裕層だけでなく、末端の労働者までカネがいきわたるようにすること。
労働基準に沿った、労働慣行の適正化。雇用・休暇・厚生・福祉の充実。」
絆とは、連帯感・一体感、といった意味合いでしょうか。
奇しくも今日3月1日、細野豪志環境・原発事故担当相が、被災地のがれき処理について「日本人の絆が問われている」と答えています(15:42、時事通信インタビュー)。
絆、実に胡散臭い言葉です。
美辞にまぎれて、麗句で脅迫して、厄介事を押し付けようとする意図が見え見えです。
断れば、「絆を大事にしない」と流行語を振りかざし、通俗道徳を盾にとって批判することができますから。
そもそも「絆」の再生なんて、誰が望んでいるのでしょう?
おそらく統治機構です。政府です。「地域の絆」のひとことで、人間の管理、社会の治安維持を行えるメリットがあります。
もっと言ってしまえば、「既得権益層」ですね。
大金持ちから、町内会にいる仕切り屋の爺さんまで含めての、「既得権益層」でしょう。
自分の負担は少なく、自分は強者の地位を保ちつつ、通俗道徳を振りかざして効果的な社会の秩序維持ができますから。
視点を変えます。
では、ヤクザはどうでしょう?
ヤクザ組織は、地域から、社会からドロップアウトした人間を吸収して形成されてきました。
祭りと密接につながるテキヤも、ショバ代取ってトラブルに介入するヤクザも、地域社会から形成されました。
いろいろな事情のある者が、身を寄せ合うのも当然です。これもまた絆のかたちなのです。
さんざん暴対法などで追い詰めておいて、「絆」の闇の面だけ否定して、出し汁だけ利用しようというのでしょうか。
それはちょっと、ムシが良すぎるってものじゃないですか?
今、地域社会はものすごく衰弱しています。
それは、人々の価値観が多様化したこと、交通機関の発達で地縁に頼る割合が減ったこと、その他、いろいろな要因が重なってそうなっているのです。
今必要なのは、「絆」の再生ではなく、「絆」が薄れても持続可能な社会とはどうしたらできるか、を考えることです。
幸い、多様なネットワークの発達で、可能性は拓けています。
でも、地縁社会が薄くなったら、寂しいかもしれません。私も「地域の絆」を全否定するわけではないのです。
そこで、冒頭の結論となります。
衣食足りて礼節を知る。経済的な安定こそ、人間らしいつきあいの基礎です。
失われた十年が二十年になり、格差社会、非正規雇用の定着化、職場のブラック企業化、余裕のない社会になっています。
社会不安を駆逐しない限り、「絆」は再生しません。
……そして、それができないなら、する気がないなら、二度と絆なんて口にするな。
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論屋 男/30代/中部
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(1)オーソドックスな所では【祭り】ですかね。
江戸で祭りが盛んに行われたのも、地域の連帯感を深める為だったと聞いた事が有ります。
(2)後は【子供】でしょうか。
私の実家は、お盆に親戚が集まるのですが、親戚に子供が多いと、雰囲気が明るくなります。
そうすると自然に出席率が上がります。
被災者の中には子供嫌いの人もいるかもしれませんが、大抵の人は子供が関係する催しには寛大なものだと思います。
○子供に何か教える。
○子供から何かをしてもらう(歌や劇など)
○子供と伊一緒に何かする。
といった種類の催し物なら、積極的に(少なくとも面倒くさがらずに)参加してくれる人は多いのではないかと思います。
(3)行政と協力して何かをするというなら、
【お礼状】はどうでしょうか。
震災に対しては、多くの外国から義捐金が届けられたと思います。
それらの国の人達に、写真や手紙を書く(相手の国の言葉を、誰かに教わって書いてみるのも面白いと思います)。
※国に対して贈る事になるので、バラバラにならないように、個別の地域で作成した物を、最終的に被災地域全域で纏めて送るようにする。
ネットの知識が有る人なら、HPやブログを立ち上げて、近況報告をするのもアリだと思います。
お年寄りにも【六十の手習い】で参加してもらいたいものですし、どうしても無理なら、折り紙や簡単な手作りの品などをお返しするのを手伝ってもらってもいいと思います。
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リュート 男/40代/関東
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できたら地域住民まるごと同じ仮設住宅やら避難先に移動できたら良かったんですが、現実的ではないですね。
震災によってばらばらになった絆はすぐには回復はしません。
時間をかけて新たなコミュニティを再生するのがいいと思います。
自然に形成されるコミュニティを見守るのは時間がかかります。
時間を早めるためには、イベントを行ったりしてできるだけ多くの住民に参加してもらうことが必要になります。
世代を越えたイベントが必要になります。若者も年寄りも己が出来ること、参加する意義を見つけ出せば参加してくれるでしょう。
以前のコミュニティを捨てるのは勇気が要りますし、新たなコミュニティに入るのも勇気が要ります。
元の住民同士が協力し、受け入れ先の住民も声をかけるようにしたり、民生委員が橋渡しになって地域に溶け込むようにしてなるべくなら孤独死を防ぐようにしてほしいと思います。
by
amane-aim 女/20代/東北




