みんなの意見
2012年03月05日 13時24分コメントID:c130202(リンク)
個人的には厳しいもの言いですが、継続的にボランティアが必要なところに居住するというのはエゴか、もしくはなにかしらの歪みが発生しているからであり、それを取り除かない限りいつまでも頼りぱなしになりますので、ボランティアが必要とならなくなるまで居住も考え直したらどうかと考えるところです。
ただトピックではそういうことではありませんので、沿った話を考えさせていただきますと、まず物的なものでも精神的なものでもボランティアの価値をあげなければならないと考えます。ボランティアの母数を増やさなければ話になりませんので。
しかしボランティアの社内報奨、就職支援や生活保護者の必要資格にあげるなど社会的な方法でできれば問題ないのですがどれも資金が必要であり、今の国のありかたでは全く期待出来ませんし、企業も継続的に応援出来るほど余裕はないでしょう。
ですので、もっと個人寄りなところとして、町内会〜都市レベルでの姉妹・友好地区として積極的な交流をして、その中にボランティアを含ませればどうかと考えております。
本来のボランティアとは形は違うのですが、交流を通して現地の情報を知る事ができる為に離れた地区でも震災を身近に感じる事が可能ですしまた、交流相手ならば人員を送り出す方も受け取る方も安心できます。資金的な面でも個人の資金でなく、もし幾分か町内会の供出があれば負担も少なくなりますので、踏ん切りもつきやすいでしょう。震災地区での体験生活もしやすいのではないでしょうか。離れた都市側ではそれを名誉なこととして実績として挙げられますし。
震災から少し期間が開き冷めつつありますが、今でも友好地区提携を依頼すれば名乗りを上げる地区はあるのではないかと思いますよ。
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たこあん 男/30代/北海道
2012年03月05日 13時16分コメントID:c130192(リンク)
2012年03月03日 14時40分コメントID:c130163(リンク)
哀しい現実ではありますが、やはり人の善意だけでは限界があるのですね。
ところで以前も述べましたが、この国には病気など正当な理由もなく、いい年をして学校へも行かず、働きもせず親に寄生して生きている人たちがたくさんいます。
この人たちを被災地へ送り込めば、ご両親に税制上の優遇措置を与えるなどしてはいかがでしょうか。人的資源の有効利用になると思います。
本当はこういうことをしなくても、日本人には3つの義務があります。
1、納税の義務
2、子弟に義務教育を施す義務
3、勤労の義務
です。いわゆるプータローやニートと呼ばれている人たちは「勤労の義務」を怠っているわけですから、「不労働罪」でも作って被災地や福島原発で強制労働させてもよいと思うのですけれどもね。
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シスター・ウィッチ 女/関東
2012年03月03日 13時37分コメントID:c130152(リンク)
2012年03月02日 15時32分コメントID:c130143(リンク)
はて、この国でボランティアという意識は馴染まないのではないでしょうか?
何事も喉もと過ぎれば熱さを忘れる国民性です。
今も増税という名の下、自分の大切なお金を意味も判らずに徴収されようとしているのに、最初は文句を言っていた国民ですがいつの間にか諦めのムードが漂っています。
被災地支援で、当初は目覚めかけたかと思われたボランティア精神もやはり、喉もと過ぎれば忘れようとしているのでしょう。
継続していくことは何事もしんどいのです。
この国民性に加えて政府に負けず劣らぬマスコミ・メディアのレベルの低さもボランティアが育たない原因でしょう。
いつの間にか被災地支援のことよりも、原発と東電の報道に重きを置く報道に切り替わりつつあります。
実際、私の住む関西ではニュースで被災地のボランティア関連のニュースは気をつけなければ殆ど聞かれなくなりました。
しかし、こうして本当のボランティアが出来る人とそうでない人が別れていくのではないでしょうか。
本当に身内の人間が亡くなれば毎日思い出しますし、仏前へのお供えや花は欠かさないし命日は忘れないでしょう。
他人の苦しみと捉えるか、そうではなく同じ人間の苦しみと捉えられるかの違いでしょう。
ボランティアという行為は、持続させるためにアイディアを出し合うような物事ではないでしょう。
心が動くから身体が動くのではないでしょうか?
by
ラッキー8 男/50代




