異国で歩み続けたプロ人生が、ついに20年目を迎える。台湾出身の陽岱綱外野手は、今季もNPBの2軍イースタン・リーグに参加するオイシックスでプレーする。昨秋には、12球団合同トライアウトの場に突然現れファンを驚かせた。さらにこの春は、初めて坂本勇人内野手(巨人)との自主トレを敢行。38歳になった今も、新たなことに挑み続ける理由を教えてくれた。(取材・文=THE ANSWER編集部 羽鳥慶太)
飛び出した海外での経験が、野球への欲に火をつけた。陽は2021年限りで巨人を自主退団すると米国に渡った。独立リーグの、時には10時間を超えるようなバス遠征もある中で白球を追った。日本ハムで共にプレーした大谷翔平投手(ドジャース)のような、華々しい海外挑戦ではない。それでも野球の原風景のような場所で、得た経験は大きかった。
「2年間アメリカ行って感じたのは、やっぱり野球って楽しいな、素晴らしいなということでした。今ここ(オイシックス)に来て改めて思いますし。アメリカやオーストラリアでやったから余計に、また勉強しようってなるんですよ。こっちでは言葉も通じますし。そこで色々吸収できるのが本当に楽しい。そう考えると、やってないことがまだまだたくさんあるんです」
昨秋は12球団合同トライアウトの場に現れ、打席に立った。「今回で終わりだって聞いて。出たことがなかったから」という理由だった。そして年が明けてからは、坂本との自主トレ。2018年にも計画したが、陽に子供が誕生したこともあり流れてしまった。「一番いいと思う選手と、一緒にトレーニングしたことがないなと思って」。誕生日の1月17日に家族と過ごせないのだけはちょっぴり残念だったが、沖縄で2週間ほど心身を追い込んだ。発見もあったという。
「実績を見ても、誰が見ても素晴らしい選手だと思うんですよ。それでもいまだに、基本の練習をするんです。ボールを捕る、投げる。バットを振ると。やっぱりこれ、やらないといけないよなと思って。実績を残しても、今までやってきたことを継続しているんですね。勇人はそれを、時間をかけてやるからめっちゃキツい。でもやり続けないといけないんですよ」
陽は2006年に日本ハムでプロ野球人生をスタートさせた。今季が20年目だ。その間守り通している「基本」がある。
守り続けるルーティンと探す新たな道「時間が足りない」「ティー打撃ですね。置きティーです。常にしっかりタイミングをとって、打つ方向を決めてからボールに入っていく。プロに入ってすぐ、福良(淳一=現オリックスGM)さんにそう教わったので。強いライナーを打つためにはそうしないと、勝手に打球は上がってくれない。いまだにそれは守っていますね」
20年前の陽は、ドラフト史に残る事件に巻き込まれた。2005年秋、高校生ドラフト1巡目の抽選だった。陽の指名は日本ハムとソフトバンクが競合し、一旦は交渉権はソフトバンクとアナウンスされた。のちにくじの「ハンコ」が原因の見間違いが発覚し、日本ハムに訂正。当時は日本語が今ほど流暢でなかった陽の困惑は、指名後もしばらく続いた。そんな昔話をすると「もうすぐ40ですよ。おっさんですよ」と笑ってみせるが、年齢を自覚する瞬間も確実に増えている。
「自分でも感じますよ。そんなに歳取ってるか? って思うけど、やっぱり年数を見たらやってるわけで。自分が歳取ったのを認めなきゃいけない。そこは現実ですけど、野球に対する気持ちは、うちの選手にも全然負けてないなと思って。スピードや体のキレもカバーしたい。だけど実際には、違うものを見つけようとしているんですよ。限界を越えるために」
若い頃のやり方を守るだけではなく、一方で別のスタイルも探し求めているのだという。「違う道も絶対あると思うんだけど、今の僕がそれを見つけるには、時間が足りません。もう残された時間が足りない」。最後は全てを出し尽くして、引退したいと思っている。もう遠くない、現役を退く瞬間。今の陽にはどれくらいイメージできているものなのだろうか。
「見えてますよ。自分ではこうなったら辞めるというのはあります」
いつも口にしてきたのは「全力プレーをできなくなったら辞める」という信条だ。ただ退き時を決めるには、もうひとつ大きな要素がある。
家族と考える将来「次に何をするか、もう考えて決めたい」「やっぱり最後は家族です。この20年間ずっと支えてくれて、僕に時間を合わせてくれている。そろそろかなと思うのはそういう時。わがままを続けるんじゃなく、どこかでけじめをつけなきゃいけない。20年もやれているのは、妻の支え、子どもの支えがあったから。何回も考えていることなんですけど。そうなると次に何をするかをもう、考えて決めたいなと思っているんです」
台湾から日本、そして米国と、世界を股にかけてまでこだわってきた野球から離れることは考えられない。その中で描く自身の将来像はやはり、グラウンドの中にある。キャリアを積むとともに、仲間に送る視線が変わってきたというのだ。
「選手を見るのは好きだなって思っているんです。今は、この選手はこう伸びそうだと思って見るのが、すごく楽しみなんですよ。教えることは難しいけれど、一番楽しいかなとも思っています」
オイシックスはNPB2軍に参加して2年目の、まだまだ若いチームだ。そこで陽が発する言葉には、大きな影響力がある。新任の武田勝監督は、年齢こそ8つ違うものの日本ハムでのプロ入り同期。「監督、コーチじゃ言えないことがどうしてもある。そういう時に岱鋼みたいに、NPBで長年やった選手がいるのは大きいかな。刺さる言葉を持っていると思う」と全幅の信頼を置く。
今年2月、静岡・伊豆で行われた春季キャンプでは、若い選手とコミュニケーションをとる姿も目立った。ただ「今は、聞かれたら答えます。自分からは教えない。あとは当たり前のことをやっていない時ですかね。そこは『なんでやらないの?』って言ったりはしますよ」と、あくまで現役選手として戦い続ける。プロとして20年間、世界を回って築いてきた野球観を、まだ磨き上げる。
(THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori)