舘ひろしさんらも所属し、原宿のバイクシーンに影響を与えた「COOLS」 リーダーの佐藤秀光さんが死去

2025年3月17日、ロックンロールバンドとしても活動するモーターサイクルチーム「COOLS」のリーダー佐藤秀光さんがお亡くなりになりました。

若者に多大な影響を与えた「COOLS」

 原宿で始まったモーターサイクルチームであり、ロックンロールバンドとしても活動するCOOLSのリーダー、ドラマーの佐藤秀光さんが2025年3月17日にお亡くなりになりました。

 享年73歳、お亡くなりになられた翌日である3月18日に公式ホームページやインスタグラムで発表されましたが、ここ数年は肺がんが原因の闘病生活を送られており、3月17日、月曜日の午前10時07分に永眠されました。

2017年に製作したサンダンスロボヘッド・エンジン搭載のトライク、“God Special”で疾走する佐藤秀光さん

 佐藤秀光さんは1974年に俳優の舘ひろしさんや岩城滉一さんらと共に東京、渋谷区原宿でモーターサイクルチーム“COOLS”を結成。当時の若者たちに強い影響を与えました。生前の佐藤秀光さんの言葉によると、1975年には矢沢永吉さんやジョニー大倉さんが所属した伝説のバンド、Carolの解散コンサートにCOOLSメンバーがガード(今風にいえばセキュリティ)として参加し、関係者の打ち上げ会場にて楽曲を披露したことでスカウトされ、バンドデビューに至ったとのことです。代表曲として“紫のハイウェイ”や“シンデレラ”、“ミスター・ハーレー・ダビッドソン”などが知られています。

2021年4月6日に原宿で開催された交通安全運動のパレードにトライクで登場。原宿署から表彰される佐藤秀光さん

 また1977年には渋谷区青山の紀伊國屋裏の民家を改装した建物でクロージングやバイカーグッズを扱うショップ、“チョッパー”をスタート。1985年に渋谷区神宮前のガゼットビルの地下で営業を終えるまで、当時の若者のファッションに大きな影響を与えました。この当時のチョッパーのスタッフに現在、クレージーケンバンドとして活動する横山剣さんも所属。1981〜1984年までCOOLSのボーカルを務めたことがファンの間で周知されています。

 さらにバイク業界に与えた影響といえば、現在、世界的に知られるハーレーダビッドソン・エンジニアであるサンダンスエンタープライズのZAK柴崎武彦さんも当時のCOOLSに影響を受け、ハーレーに興味を抱いた一人で、原宿で見かけた佐藤秀光さんの姿が今に至る原点とのこと。ちなみに1982年にサンダンスを創業する際、先輩としてアドバイスをしてくれたのも佐藤秀光さんだそうです。

 ちなみに佐藤秀光さんは1995年に東京都江東区亀戸にてハーレーダビッドソンをベースとしたトライク(三輪バイク)&カスタム専門店として“チョッパー”をオープン。多くのファンのためにトライクを製作したのはもちろん、自立する乗り物という特性を活かし、近年は身体障害者の方に向けたトライクの製作、普及にも尽力していました。

 その店舗は2020年に東京都足立区神明に移転し、現在に至っています。ここ最近は前述のサンダンスと栃木県にあるメーカー、イケヤフォーミュラとハーレー用オートクラッチシステムを開発し、身障者向けのトライクに導入する予定でした。このプロジェクトは継続して進行中です。

 こうして簡単に振り返ってみても、佐藤秀光さんが音楽やファッションはもとより、日本のハーレーシーン、カスタムバイクシーン、チョッパーシーンに与えた影響は計り知れないものです。おそらく1970年代に原宿で“COOLS”というモーターサイクルチームが誕生していなければ、日本のハーレーシーンも今とはまた違ったものになっていたのではないでしょうか。

 なお2025年4月1日、13時より千葉県匝瑳市川辺2700にある旧ライブハウス・ハングリーにて一般参加の告別式も行われる予定です。詳細は佐藤秀光さんのショップ、チョッパーのホームページをご覧ください。故人の意思により、参列の皆様は平服でお越しくださることが希望とのことです。

 最後に佐藤秀光さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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