3歳のレイレイ。2025年2月25日。(公益財団法人東京動物園協会提供)
東京・上野動物園で暮らす3歳のジャイアントパンダの前に、職員が糞を柵越しに投入する動画。観覧者が1月下旬に撮影したこの動画をSNSにアップすると「どういう意味があるんだろう?」「おやつはダメだよと諦めてもらうため?」など、さまざまな見方が投稿されました。
これは、においによる環境エンリッチメント(限られた飼育環境で、動物が心身ともに、より健康に生活できるようにする取り組み)。野生のパンダに比べ、行動範囲が限られ、運動量や刺激の少ない飼育下のパンダの健康に配慮した取り組みなのです。
与える糞は、ほかのパンダの糞。上野動物園にいるパンダは、オスのシャオシャオ(暁暁)とメスのレイレイ(蕾蕾)の双子だけです。どのパンダの糞を双子に与えたのか同園に尋ねたところ、冷凍保存していたリーリー(力力)とシンシン(真真)の糞とのことでした。この2頭は双子の父母で、2024年9月に中国へ帰りました(参照:『リーリーとシンシン帰国1カ月間ドキュメント』)。
中国に帰ったリーリー。2024年12月8日。(筆者撮影)
中国に帰ったシンシン。2024年12月8日。(筆者撮影)シナモンや紅茶のにおいも嗅がせた
上野動物園では糞のほか、さまざまな食品のにおいでも環境エンリッチメントを実施しています。シナモンやクミンといったハーブのほか、紅茶なども用いました。においは、どうやって嗅がせるのでしょう。
「20cmほどに切った消防ホースに、においの素材を付けて使っています。糞は解凍し、丸のまま使ったり、崩して使ったりしました」(上野動物園の職員)。
においに対して、双子はどう反応するかというと、「どの素材も一度は、においを嗅ぎます。ただし、素材のにおいが気になって嗅いでいるのか、『何かあるけどなんだ?』と嗅いでいるかは不明です。その後、ものによっては消防ホースを体に擦り付ける場合もあります」(同)。
上野動物園は、双子の反応を確かめながら、より良い環境エンリッチメントにしていく方針です。
世界でも珍しい若いパンダの血圧測定3歳のシャオシャオ。2025年2月25日。(公益財団法人東京動物園協会提供)
健康管理のための取り組みは、ほかにもあります。その一つが「ハズバンダリートレーニング」。動物に自発的に行動させるための訓練です。これができるようなれば、人間は、猛獣であるパンダの体を安全にさわりながら、パンダにとって少ないストレスで健康を管理できます。
ハズバンダリートレーニングの結果、レイレイは2024年11月20日、シャオシャオは同年12月2日に初めて血圧測定をすることができました。2頭の血圧は、正常値とされる140〜160mmHgに近い値で、血圧に問題ないことが確認されています。なお、両親のリーリーとシンシンが予定よりも早く帰国したのは、高血圧が確認されたことなどが理由でした。
マウスオープンもトレーニングパンダの血圧のデータは少なく、とりわけ若いパンダのデータは世界的にも少ないのが現状です。3歳のパンダ2頭の血圧を測定した今回の取り組みについて、上野動物園は「将来的に健康診断の基礎を築くうえで、非常に重要な役割を果たします。シャオシャオとレイレイから得られたデータが、世界各国で飼育されているパンダや中国の野生パンダの健康管理に貢献していくことを期待しています」と述べています。
レイレイの血圧測定。画像は提供動画からの切り出し(公益財団法人東京動物園協会提供)
シャオシャオの血圧測定。画像は提供動画からの切り出し(公益財団法人東京動物園協会提供)
その後、2024年12月にレントゲン撮影、2025年1月に超音波(エコー)検査のためのトレーニングを実施。双子は必要な動きを一通りできるようになりました。こうした撮影や検査もパンダの健康状態を正確に把握するために大切です。
2月下旬時点では、口を開けた状態で維持する「マウスオープン」のトレーニング中。マウスオープンができれば、人間はパンダの歯の摩耗状態や口腔内の異常を確認しやすくなります。パンダは固い竹を食べるので、一般的に年齢を重ねるにつれ、歯が摩耗してしまいます。そこで「若いうちからトレーニングをして、歯の状態を確認できるようにしておきます。たまに歯に竹が挟まることがあり、それをとったこともあります」(同)。
時々のけぞるような動きもまた、シャオシャオが使っていた屋外のエリアは、レイレイよりも狭かったのですが、3月11日(火)から広いエリアでの公開が始まりました。ここはリーリーが使っていたエリア。シャオシャオは休園日にこのエリアで過ごす練習を重ね、職員はシャオシャオに合わせて施設を改修し、ついに公開となりました。シャオシャオは早速、木に登ったり、やぐらの上でお昼寝したりと、のびのび過ごしているようです。
一方で、シャオシャオは以前から、大きくのけぞるような動きを時々していました。さらにレイレイも同様の行動をしているのを筆者は2025年2月以降に2回、目にしました。上野動物園は、いずれも常同行動と認識しています。
レイレイは「2024年12月から採食意欲が上がっていますが、一方で竹の選り好みも強くなっており、あまり量を食べずに歩き回る時間が増えています。このことが、常同行動の原因の一つと考えています」(同)とのことです。
都心にあり、飼育環境が限られる上野動物園。パンダが快適に健やかに暮らせるように、環境エンリッチメントや血圧測定などに挑みながら健康管理を進めています。
中川 美帆 (なかがわ みほ)
パンダジャーナリスト。早稲田大学教育学部卒。毎日新聞出版「週刊エコノミスト」などの記者を経て、ジャイアントパンダに関わる各分野の専門家に取材している。訪れたパンダの飼育地は、日本(4カ所)、中国本土(12カ所)、香港、マカオ、台湾、韓国、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、カナダ(2カ所)、アメリカ(4カ所)、メキシコ、ベルギー、スペイン、オーストリア、ドイツ、フランス、オランダ、イギリス、フィンランド、デンマーク、ロシア。近著に『パンダワールド We love PANDA』(大和書房)がある。
@nakagawamihoo
パンダワールド We love PANDA
定価 1,650円(税込)
大和書房
文=中川美帆