インターネット上で「名古屋市はオワコン(終わったコンテンツ)だ」という意見が頻繁に見受けられる。最近、テレビ愛知が報じた「名古屋飛ばし」アーティストの増加が若年層の人口流出に繋がっているというニュースにも、名古屋市へのネガティブな意見が多く寄せられた。いくつかの意見を挙げてみよう。
・キラキラに憧れる層にとっては名古屋はあまり魅力的ではない
・日本の二大都市東京と大阪に適う事が無理
・名古屋は日本本土の中間に位置する大きな地方都市なだけ
このように、名古屋市はライブ公演の少なさに加えて、さまざまな面で魅力に欠ける都市として一部で認識されている。その証拠として、2018年に名古屋市が実施した都市ブランドイメージ調査では、名古屋市は全国8都市のなかで
「最も訪れたくない街」
として不名誉な結果となった。
だが、名古屋市は決して魅力を欠いた都市ではない。2021年度の経済成長率は+3.0%で、全国平均の+2.5%を上回っている。この経済成長は市民生活や都市インフラにも表れ、繁華街や文化施設は東京や大阪に匹敵する充実度を誇る。
名古屋市は本当に魅力に欠ける都市なのだろうか。筆者(キャリコット美由紀、観光経済ライター)は以前、三重県に住んでいた際に頻繁に名古屋市を訪れていた。その体験からも「名古屋市に魅力がない」という風評には全く賛同できない。
むしろ、名古屋市こそが今、成長の可能性を秘めた都市ではないかと思う。本稿ではその可能性と課題について詳しく述べていく。
名古屋・大須のランドマーク「第1アメ横ビル」。PC店やカードショップが混在するミニ秋葉原ともいえるスポット(画像:キャリコット美由紀)日帰り観光客が示す名古屋の魅力まず結論からいうと、名古屋市に魅力を感じている人は予想以上に多い。最新の「名古屋市観光客・宿泊客動向調査(2023年)」のデータをいくつか紹介する。
・観光入込客(実人数):約3522万人
・宿泊客(実人数):約855万人
・日帰り観光客:約2667万人(観光客全体の7割以上)
・観光総消費額:約4887億円
・宿泊客1人あたりの消費額:約4万762円
・日帰り客(市内)の一人あたり消費額:3509円
・日帰り客(市外)の一人あたり消費額:6906円
・特に市外からの観光客の割合:全体の63.1%
比較として、京都市のデータを『令和5(2023)年 京都観光総合調査』から引用する。ただし、調査方法や集計項目に若干の違いがある点には留意が必要だ。
・観光客総数(実人数):約5028万人
・宿泊客(実人数):約1475万人
・日帰り観光客(実人数):約3553万人
・外国人宿泊客:約536万人
・日本人宿泊客:約939万人
・観光消費額:1兆5366億円
・宿泊客1人あたりの平均消費額:
・日本人:約6万3986円
・外国人:約8万7208円
・日帰り客1人あたりの平均消費額:
・日本人:約1万2650円
・外国人:約2万3726円
両市の観光統計は「延べ人数」ではなく「実人数」ベースで計測されており、比較の信頼性が高い。2023年のデータを比較すると、それぞれの観光構造の特徴が明確に見えてくる。
観光都市としては京都市が圧倒的に人気だが、名古屋市の観光には独自の特性がある。特に注目すべきは、名古屋市の観光客の約7割が
「日帰り客」
で、市外からの観光客が63.1%を占めている点だ。これは名古屋市が中京圏の中心として強い存在感を持つことを示している。
また、宿泊客1人あたりの平均消費額は約4万762円と、決して低くない。この数字は京都市には及ばないものの、名古屋市が観光消費が活発な都市であることを示している。
さらに、名古屋市の観光満足度調査では、全体の82.7%が「満足」または「ほぼ満足」と評価している。名古屋市が実施した海外観光客の再訪意向調査では、82.5%が「また来たい」と回答した。
特に注目すべきは、金城ふ頭エリア(レゴランドなど)の再訪意向が94.1%と極めて高い点だ。また、次回名古屋で楽しみたいこととして
・グルメ・日本食(57.8%)
・ショッピング(44.3%)
・伝統・文化の鑑賞(37.8%)
が挙げられており、名古屋市が海外からも快適な都市環境と日本文化を楽しめる場所として認識されていることがわかる。
名古屋めしの代表格「あんかけスパゲッティ」。老舗ヨコイにて(画像:キャリコット美由紀)歴史と未来が交差する観光地名古屋市の観光における強みと隠れた魅力を整理すると、まず最も際立つ特徴は「名古屋めし」と呼ばれる独自の食文化だ。来訪者の調査では、「グルメ・日本食」が次回の楽しみとして57.8%を占めており、この人気が如実に示されている。
・味噌カツ
・ひつまぶし
・手羽先
・あんかけスパゲッティ
などは、名古屋市を象徴する食文化であり、最もわかりやすい魅力となっている。
名古屋めしの認知度が全国的に高まったのは、21世紀初頭の愛知万博を前後にした時期だ。例えば、2004(平成16)年7月1日付け『読売新聞』の記事「名古屋めし 首都圏を席巻 取り柄は製造業のみに非ず」では、
「人気お笑いタレントのタモリから『名古屋の食べ物と言えば、エビフリャー』と揶揄(やゆ)されたのは、今や昔のことだ」
と報じられ、名古屋の食文化が東京でも受け入れられていることが伝えられた。このように、名古屋めしの認知度は全国に広がり、今では名古屋の代表的な魅力となっている。
また、名古屋市の観光名所は他の都市と比べても遜色ない。むしろ、歴史、文化、現代的なアミューズメントが凝縮されているといえる。名古屋市の調査報告書に挙げられた施設や行事を見ても、その多様性が際立つ。
名古屋市には、戦国時代から江戸時代にかけての歴史を色濃く残す名所が数多く存在する。
・名古屋城
・熱田神宮
・徳川美術館
・秀吉・清正記念館(中村公園)
などがその代表例だ。さらに、名古屋市は「ものづくり」の歴史と科学を伝える施設が充実している。トヨタ産業技術記念館、リニア・鉄道館、名古屋市科学館などは、名古屋の産業の歴史と未来を学べる貴重な観光資源だ。また、家族向けの施設も充実しており、レゴランド・ジャパン、名古屋港水族館、東山動植物園などは常に高い人気を誇る。都市観光においても、
・秀吉名駅周辺(最近では名駅西口も繁華街として発展)
・秀吉大須商店街
・秀吉栄
などのエリアでは街歩きが楽しめる。さらに、「世界コスプレサミット」や「にっぽんど真ん中祭り」などの大規模なイベントも定期的に開催され、訪問者に多彩な魅力を提供している。
名古屋人気質に関する肯定的評価。「名古屋人気質に関する調査研究」より(画像:キャリコット美由紀)個性不足と観光戦略現在、名古屋市は日帰り観光客が多数を占めている。しかし、豊富な観光資源を考慮すると、実際には
「複数日の滞在」
が魅力的なエリアだ。再訪意向の高さは、訪問者が名古屋の魅力を予想以上に感じていることを示している。しかし、全国的な観光地として定着するには、依然として課題が残る。特に
「名古屋 = 通過点」
という先入観や、歴史的な深みに欠けるといったイメージが指摘されている。東京・京都・大阪などの既存の都市観光ブランドと比較して、名古屋市の個性や魅力は十分に伝わっていないのが現状だ。
例えば、京都と聞けば、歴史と伝統の街とともに清水寺の風景が思い浮かぶだろう。大阪も、食いだおれの街とともに通天閣が連想される。しかし、名古屋と聞いて、明確なイメージや象徴的な言葉を思い浮かべる人は少ないだろう。豊富な観光資源があるにもかかわらず、多くの人は名古屋市の特徴を端的に表現できず、答えに詰まってしまう。
なぜ名古屋市は外部に明確なイメージを定着させられなかったのか。この点について、参考となるのが「名古屋人気質に関する調査研究」(脇田弘久・松本義宏・小見山隆行・伊藤万知子・山川雅晳・岡本純『流通研究』第24号、2018年)である。この研究では、名古屋人気質を15の特性に整理している。そのなかには
・質素
・保守的
・実利重視
・慎重
・閉鎖的
といった特徴が含まれている。これらから、名古屋の人々が外部に魅力を積極的に発信することに消極的であることが浮き彫りになっている。
名古屋・栄の歓楽街「プリンセス大通」夜景。東京にはない独特の活気を感じる(画像:キャリコット美由紀)回遊性向上で魅力発信名古屋特有の気質が形成された背景については、2018年に名古屋商工会議所が発表した『躍動し愛されるナゴヤ研究会報告書』が示唆を与えている。この報告書は、産業構造の変化やリニア新幹線開通を見据え、名古屋市が現状の暮らしやすさに安住していることへの警鐘を鳴らしている。その中には、気質が形成された理由に関する記述がある。いくつかを抜粋してみよう。
「当地域は、工業で発展を続けてきたこともあり、観光・誘客への正面からの取り組みが遅れてきた感が否めない。しかし、今後は、観光を戦略的に振興することが、都市や地域の幅広い発展に不可欠と思われる」
「当地域はモノづくりに自信があるので、観光に対して価値を置いてこなかったと感じる。モノづくりで稼げるので、人に来てもらうために魅力を高めることはしなくても良いと思っている人も多いようだ」
名古屋市は、製造業を中心に高度に安定した経済基盤を持ち、その結果として豊かさを享受してきた。そのため、他の都市と比べて外部向けのイメージ発信や観光振興には積極的に取り組む必要を感じてこなかった。この自己完結的な経済構造が、観光地としての魅力発信の遅れを招いている。
では、名古屋市が「最も訪れたい街」として成長するためには何が必要だろうか。まずは、
「観光客向けの回遊性を向上させる」
ことが重要だ。名古屋市は鉄道、地下鉄、バスといった交通インフラが整備されている。しかし、地元の人々にとっては便利でも、観光客には利用が難しい場合が多い。そこで、主要観光地を効率的に回れる共通チケットの導入など、観光客が移動しやすい環境を整えることが求められる。
さらに、観光資源のストーリー化も欠かせない。名古屋市には食文化や歴史、産業、家族向け施設など多彩な魅力があるが、それらをどう伝えるかという戦略が不足している。ターゲット層を明確に設定し、それぞれの興味に合わせて一貫したストーリーとして伝えることで、
・名古屋で何ができるのか
・何を体験するのか
がはっきりと伝わる観光地に進化できるだろう。
とはいえ、これらの取り組みは観光振興の基本的なアプローチであり、多くの都市ですでに実施されている観光地化の常識に過ぎない。これらは必要不可欠ではあるが、それだけでは名古屋市の真の魅力を十分に伝えることは難しい。
最も重要なのは、地元目線での積極的な情報発信だ。名古屋市最大の課題は、
「何があるのか」
が外部に知られていないことにある。これまで十分に語られてこなかったため、名古屋市の魅力が外部に伝わっていない。主要観光施設を除けば、名古屋市の魅力がほとんど理解されていないのだ。
秋葉原風の町並みに同居する形で韓国コスメとB級グルメ店も乱立。独特のアジア的カオスを感じる(画像:キャリコット美由紀)観光資源としての可能性筆者は2024年、コロナ禍以降初めて大須商店街を訪れた。大須は名古屋市内でも、東京で言えば原宿や下北沢、秋葉原が混ざったような「混沌の魅力」を持つエリアだ。久しぶりに歩いてみると、以前よりもさらに進化しているのが感じられた。
東京の新大久保のような韓国系コスメやグッズ店、東南アジアや中華圏の飲食店が並び、エスニックな香りが漂う。そのなかに古着屋やメイド喫茶、昭和レトロな喫茶店が共存し、街の雑多なエネルギーが爆発している。
メイド喫茶を出て数分歩けばアジア風の屋台レストランにぶつかり、さらに進むと古民家改装のカフェや古着屋が現れる。このような魅力的な都市空間が、なぜ名古屋市とその周辺の人々にしか知られていないのか、理解に苦しむ。
こうした場所こそ、名古屋市が外部に発信すべき生きた観光資源である。名古屋市はすでに豊かな都市であり、市民が日常的に楽しんでいる多彩な魅力にあふれている。今、必要なのはこれらの魅力を観光資源として積極的に外部に発信することだ。特に重要なのは、観光客向けに作られた観光地ではなく、
「名古屋市民が実際に親しんでいる場所や文化」
を前面に押し出すことだ。名古屋はすでに魅力的な街であり、オワコンどころか、むしろこれからが本番だろう。あとは、その魅力をどう伝え、どう届けるかが重要だ。