石川県輪島市町野町出身で東京在住のシナリオライター、藤本透さんは、現地ならではの情報や行政の情報をまとめ、ご自身の実家も被災しながら、発災から一日も休むことなく、X(旧・Twitter)で発信を続けています。
能登半島地震発生から1年2か月を迎えました。能登半島地震発災から、二度目の冬が過ぎ、能登にも春の足音が聞こえ始めました。
ふるさとの今を見つめる藤本さんによる連載記事、第11回目です。
輪島市町野町出身のシナリオライター、藤本透です。
MRO私のふるさと、輪島市町野町は、輪島市の東側にあり、今回の地震の震源地・珠洲市と隣り合っています。町野町は、1956年に輪島市に編入されるまで、単独の町として存在していました。集落を中心として地域の人たちが助け合って暮らしている姿は、昔も今も変わりありません。私は、2歳から高校卒業まで、町野町で過ごしました。
春に向けて更なる復旧の準備が進む大雪が心配された2月が過ぎ、3月にはあたたかな日差しが差し込む日も増えてきました。雪解けを待って、道路や河川、ため池などの本格復旧に向けての工事や公費解体が更に加速しています。
奥能登豪雨で堤防が決壊し、流木が押し寄せた町野町の鈴屋川も、9月の発災時と比べて流木や川底の土砂の撤去が進み、土のうなどを用いた堤防の補強などが進められています。
鈴屋川五里分橋付近(2024/9)提供:町野町の有志の方鈴屋川五里分橋付近(2025/3)提供:町野町の有志の方復旧工事中の鈴屋川(2025/3/8)提供:町野町の有志の方奥能登豪雨で大量の流木と土砂が押し寄せた県道6号線の町野町粟蔵地区のバイパス付近も、復旧作業が進み、元の姿を取り戻しつつあります。
道路やため池の復旧も進む県道6号粟蔵地区バイパス付近(2024/9)提供:町野町の有志の方県道6号粟蔵地区バイパス付近(2025/3)提供:町野町の有志の方同じく昨年9月の奥能登豪雨の土石流で、道路が埋まってしまい、緊急啓開が行われていた町野町の桶戸バス停付近の道路も、土砂と流木の撤去に続き、アスファルトが新たに舗装され、危険な状態だった道路が安全に通行できるようになりました。
桶戸バス停付近の様子(2024/9) 提供:町野町の有志の方桶戸バス停付近の様子(2025/3) 提供:町野町の有志の方3/26には、能登半島地震と奥能登豪雨の影響を受けて陥没被害が出ていた、町野町広江地区の農道も補修が行われて安全に通れるようになりました。
町野町広江地区の農道(2025/3/26)提供:町野町の有志の方こうした小さな道路にも補修が入ってくださることが、地元の方々にとっては大きな希望になります。どんなニーズにも、細やかに対応してくださることを、本当に有り難く思っております。
能登半島地震で堤体が崩壊し、応急対応中の東地区のため池(寺谷内-1)は、本格復旧のための、測量・調査・設計が入りました。
地質調査に必要な機材を運搬するためのモノレールが敷設され、目に見えて復旧作業の進捗を感じられることから、地元の方々の不安も随分と和らいだことと思います。
東地区ため池付近のモノレール敷設(2025/2/24)提供:町野町の有志の方2025年1月31日に改定された、公費解体加速化プランの記者発表資料によると、昨年12月末時点での輪島市の公費解体の解体率は、34.1%。解体完了は原則として今年10月という完了目標が掲げられるなか、今日も町野町では公費解体が進められています。
60軒中55軒が倒壊した町野町粟蔵地区は、能登半島地震と奥能登豪雨の二重被害を受けたこともあり、町野町の中でも特に解体が進んでいます。
解体中の建物 提供:町野町の有志の方また、能登半島地震、奥能登豪雨で二度の崩落を起こした北円山地区の法面も、再度の孤立を起こさないようにと、本格復旧のための準備が着実に進められています。
雨の日も雪の日も、朝早くから日が暮れるまで、本当にたくさんのみなさまがご尽力くださっています。
少しずつ変わっていく風景のなかで、なにかを始めようという気持ちが芽生えるようになってきたというお声を聞くようになれたのは、支え続けてくださっているたくさんのみなさまのおかげだと日々感じております。
Motoya Baseの予約から見えてきたこと雪の季節が終わりに向かい、あたたかくなるにつれ、もとやスーパーさん併設の24時間休憩スペースMotoya Baseの利用者も日に日に増えています。
春休みを利用した学生のみなさまの団体利用もあり、町野町は3月中旬からたくさんのイベントが催されるようになりました。
Motoya Base長い冬が明けて、春がやってくるにつれ、再びボランティアのみなさまが町野町を訪れてくれることが、なによりの励みになることと思います。
広域避難世帯とのつながり一方で、奥能登豪雨の影響で立ち入り禁止区域になるなど、依然広域避難を余儀なくされている世帯も残されています。
南志見地区の立ち入り禁止区域 提供:南志見地区の有志の方そんななか、南志見地区子ども会のKさんのご協力を得て、これまで支援が届かず孤独に過ごされていた世帯への支援や、応援ギフトのお届けを始めました。
広域避難世帯へのおむつの支援 提供:Kさんおむつ支援の感謝のメッセージ 提供:Kさん慣れない土地で小さなお子さまたちを育てながらの広域避難は、心の拠り所がなく、本当に寂しい思いをされていらっしゃったといいます。
Kさんからの感謝のメッセージ 提供:Kさん広域避難中の子どもたちからのメッセージ①提供:Kさん広域避難中の子どもたちからのメッセージ② 提供:Kさんそんななかでも、能登のためにお心を寄せてくださる、たくさんの個人の方がいらっしゃったこと、地元の有志の方の輪が少しずつ広がり、広域避難の方々にお伝えできたことで、前向きな気持ちになれたと、あたたかなメッセージをいただきました。
心あたたまる応援を能登半島地震から1年が過ぎ、奥能登豪雨からも半年が過ぎました。
これまでのようなたくさんの支援はお届けできなくても、応援している人がいること、お心を寄せてくださっている人がいることをお伝え出来るように、応援ギフトのお届けを続けています。
町野町ご出身の優しい方のお菓子のプレゼントも、そのうちのひとつです。
クリスマスのお菓子ツリー、2月の節分に続いて、3月はひなまつりブーケを、まちの保育園の園児さんと南志見地区子ども会さんにご用意くださいました。
卒業・卒園シーズンということもあり、かわいらしいおひなさまをあしらったブーケは、お子さまたちに大変喜ばれました。
ひなまつりブーケ 提供:町野町出身の有志の方まちの保育園の園児さんたちは、「どれにしようかな」と楽しく悩まれたようです。
また、これらの応援ギフトや、石川県・輪島市からの支援物資は、一部の地元有志の方だけでなく、区長さんを中心として現地で積極的に動いてくれる体制ができつつあります。
自分たちだけでなく、地域の誰かのために動けること、それは、発災から1年という時間を経て、たくさんのみなさまに支えられながらはじまった、心の復興への第一歩なのかもしれません。
迷い犬きなこちゃんの保護2024年9月から珠洲市上戸町から流れ流れて町野町に迷い込んできた迷い犬きなこちゃんが、2/9に町野町の優しい方とドッグレスキューのみなさまのご協力で無事に保護されました。
迷い犬 きなこちゃん 提供:町野町の有志の方保護されたきなこちゃん 提供:きなこちゃんの飼い主さん町野町の優しい方が飼い主さんとご協力の上で、餌場を設定してくださり、毎日朝晩とごはんをあげ続けてくださったからこその、保護でした。
初めのうちは、夜中や早朝の人が居ない時間にしか来なかったきなこちゃんが、近隣の野良犬レイくんとともに、少しずつ明るい時間にも餌場に現れてくれるようになりました。
はじめのうちは、餌を食べる時もへっぴり腰だったきなこちゃんが、段々と慣れてきて、お天気の良い日やお腹が空いた日は「ワン!(遅いよ)」と声をかけながら姿を見せてくれるようになったことなど、9月から約5ヶ月間の交流とお写真を振り返りながら、改めて町野町の優しい方への感謝の気持ちでいっぱいです。
怪我をして足を引きずっているのを心配しながら見守ったり、何日も姿を見せないのをなにかあったのだろうかと心配しながら過ごすこともありましたが、無事に保護されてほっとしております。
現在は、一時預かりを引き受けてくださった金沢方面の保護団体さんから引き取られたきなこちゃんは、珠洲市の飼い主さんのお家に戻っております。
このとき、たまたま珠洲市で保護されたという生後4ヶ月のビビちゃんが一緒に引き取られ、きなこちゃんに妹ができました。
きなこちゃんとビビちゃん 提供:きなこちゃんの飼い主さんビビちゃんがお散歩に出られるようになったら、町野町にお散歩に来てくださるとのことですので、その日を心待ちにしております。
まちのまんなか「まちのラジオ」1日限定放送災害時に情報を伝える・得るための手段としてよくあげられるラジオですが、ラジオの電波がほとんど入らない町野町では、能登半島地震の時も、奥能登豪雨の時も情報の伝達が大きな問題となっていました。
能登半島地震の発災以降、私の家族が朝市通りの大規模火災の被害を知ったのは、地震から10日後のこと。避難所に非常用電源が入って明かりがつき、それに伴って設置されたテレビで初めて知ったほどでした。
このような情報における課題を解決しようと、町野復興プロジェクト実行委員会さんの働きかけにより、一般社団法人オナガワエフエムさんのご協力を得て、臨時災害放送局設立に向けての実証実験の準備が進められました。
臨時災害放送局「まちのラジオ」のチラシ 提供:町野町の有志の方総務省北陸総合通信局さんが免許の部分を、当日のスタッフワークの部分では石川、富山、福井、北陸3県のコミュニティFMのみなさまから、たくさんの応援やご協力をいただいて、遂に臨時災害放送局設立のための、実証実験が2/23に町野町で実施されることとなりました。
このような情報における課題を解決しようと、町野復興プロジェクト実行委員会さんの働きかけにより、一般社団法人オナガワエフエムさんのご協力を得て、臨時災害放送局設立のための、実証実験が2/23に町野町で行われました。
1日限定放送ということで立ち上げられた、臨時災害放送局「まちのラジオ」は、当日10時、何とも言えない緊張感のあるカウントダウン後に放送がスタートしました。
パーソナリティには元NHKアナウンサーの武内陶子さん、フリーアナウンサーの車吉章さんにお越しいただき、楽しいお話で盛り上げていただいたおかげで、ゲストの皆さんや会場の皆さんもすぐに笑顔になり、会場は和やかで楽しい雰囲気に包まれました。
まちのラジオ 提供:町野町の有志の方公開生放送の町野支所のラジオスタジオには、集まってくださった町野町のたくさんのみなさまや、金沢市や富山県等からもスタジオに来てくださったみなさまのおかげで満席となりました。
町野町第1団地、町野町第2団地、もとやスーパーさんなど、町野町の4ヶ所に設けられた移動会場にもたくさんの方が訪れ、町野復興プロジェクト実行委員会さんによると、全会場で延べ250人超のみなさまが集まってくださいました。
今回の1日限定放送に先駆け、仮設住宅やもとやスーパーさんで事前に募集していた手書きのリクエストカードは132枚、メールでは北は北海道から南は福岡県まで86件のリクエストやメッセージが届き、今回の「まちのラジオ」へのみなさまのご協力、関心の高さを改めて感じられたとお聞きしております。
臨時災害放送局(災害FM)「まちのラジオ」については、町野復興プロジェクト実行委員会のみなさまと地元の有志の方々で運営できるように現在検討を進めていらっしゃるとのことです。
今回の実験放送にご尽力くださった、一般社団法人オナガワエフエムの方々からも、「町野町は避難所も解消しており、災害の緊急時からはフェーズが変わっているところ。これから町の景色が変わり、灰色の景色に見えて心が落ち込むことがあると思います。それでも、町野町には『まちのラジオ』がある。ラジオを通じて、新しいコミュニティで繋がっていける、そう思えるような役割を果たせるようになってほしい」と想いをお話くださいました。
能登半島地震から1年と2か月、奥能登豪雨から半年、報道はこれからまた減っていくかと思います。
復興元年となるこれからも、町野町、そして能登にお心を寄せていただき、どうか忘れないでいただけますと心強いです。
MRO北陸放送では、被災地の声を集め続ける藤本さんが見つめる被災地の現状をNEWS DIGで、毎月掲載します。
藤本透
シナリオライター。アプリゲーム『ノラネコと恋の錬金術』メインシナリオライター。『ラブライブ!スクールアイドルフェスティバル』、『ラブライブ!スクールアイドルフェスティバル2』のシナリオ執筆に携わるほか、様々なジャンルでの執筆を手がける。石川県輪島市町野町出身で、石川県を舞台に描かれたアニメ「花咲くいろは」の小説版を執筆。2024年1月1日の能登半島地震発生以降、SNSを通じてふるさとの情報を日々きめ細かく発信している。