【被爆80年】実力派の芸人が「前代未聞の原爆ネタ漫才」 想像してみることの大切さ伝える《長崎》

長崎の原爆をテーマに漫才を披露するお笑いコンビ「アップダウン」。

この日本で起こった「原爆」という悲劇を、若い世代に伝えたい。

“新たなカタチ” の伝承に取り組んでいます。

被爆80年の今年6月と8月に、再び長崎公演を行うアップダウンとは。

そして、彼らの思いとは…。

※くわしくは動画をご覧ください

【NIB news every. 2023年8月18日放送より】

北海道出身、芸歴27年のお笑いコンビ ‟アップダウン”。

(漫才)

「YouTubeとかで検索してみて。

 “いらっしゃいませが エアロスミスに聞こえるコンビニの店員” って検索したら出てきます。何百万回も再生されてますよ。ぜひ見てください」

漫才やコントの賞レースで上位進出を続ける実力派。

その彼らが2021年から取り組んでいるのが…

◆戸惑った “前代未聞のテーマを掲げた漫才”

(アップダウン)

「きょうは原爆体験伝承漫才ということで、“前代未聞のテーマを掲げた漫才” でございます」

長崎原爆をテーマにした漫才。これまでに長崎で2度公演しています。

「空襲ですよ。町中、空襲警報が鳴り響くわけですよ。あ〜ぁ〜」

序盤は、戦時中の日常をユーモラスに漫才。そして…

「景色は一変していました。赤い荒波が立ち騒いでいるかのようでした」

緊迫した演技で表現するのは、8月9日の長崎です。

この『被爆体験継承漫才』がうまれたきっかけは、被爆2世で作る団体からの依頼でした。

原爆の実相に興味をもたない “若者たちにも知ってほしい”

ただ、アップダウンの二人は、この話をもらった時に少し戸惑ったといいます。

(アップダウン 竹森 巧さん)

「最初はちょっと、原爆はさすがにテーマとしては難しいだろうなと思って…」

(アップダウン 阿部 浩貴さん)

「芝居だと90分から100分あるんですけど、さすがに長いなって。もっとシンプルにできないかと話し合った中で出たのが、漫才という形だった」

◆「子どもたちに見てほしい」主婦の奔走で公演が実現 

長与町での舞台を主催したのは、2人の主婦です。

去年 初めて『原爆漫才』を見たふたりは、翌年も長崎の人たちにこの漫才を観てほしいと思ったそうです。

イベント開催の経験などはありませんでしたが、自治体の協力を取り付けるなど奔走して、なんとか実現にこぎつけました。

(毎熊 美香さん)

「ちゃんと被爆者の人たちに(会うために)北海道から来て、話を聞いて学ぶ姿はすごいなと思った。だからこの公演を長崎でたった2回で終わらせたくないというのがあった。すごいエネルギーを使ってできた舞台だと思うから」

アップダウンは、2019年から「戦争」や「民族」をテーマにした二人芝居を制作。

鹿児島の知覧を訪れ、特攻隊についての学びを重ねて制作した「桜の下で君と」。

幕末の探検家とアイヌ民族の長老との友情を描いた音楽劇「カイ」など、全国各地で公演しています。

この日も…。

(アップダウン 竹森 巧さん)

「北海道であって、きのう大分で 特攻隊の二人芝居の上映会に行って、きょうは原爆の伝承漫才」

(アップダウン 阿部 浩貴さん)

「全国各地でやっているけれど、長崎でやる時はちょっと。やりながらすごく感じるところもある」

◆“当時の日常を知り笑って、原爆の悲劇を感じ涙する” 漫才

長崎原爆の漫才も、被爆者と面会し、話を聞くことから始めたそうです。

そして被爆医師 永井隆博士の著作を基にして作り上げました。

制作期間は1年。

完成後は長崎のほか、北海道や東京、福岡などでも披露してきました。

この日の会場は長崎市のとなり、長与町。到着した2人がすぐに向かった先は、舞台でした。

演出や劇中の音楽も、自ら手掛けているんです。

(アップダウン 竹森 巧さん)

「お辞儀の時に音をちょっとだけ、音をあげてもらってもいいですか。

もうちょっと早めにこの明るい希望の光がこう、わーっと」

この漫才を通して彼らが伝えたいのは、当時の人たちが経験したこと。

笑いを織り交ぜるのは、知らなければならない事実を若い世代にしっかり伝えるため。

それが、悲劇の歴史と真剣に向き合った 二人の答えです。

緞帳が上がると、多くの観客。

夏休みということもあって、子どもたちや学生の姿も。

(アップダウン)

「漫才ですからね。笑いどころでは楽しんでもらえればと思います」

「笑いどころがあるかどうかも、わかりません」

「問題です。それは!」

〔※二人の漫才は動画をご覧ください〕

たとえ戦時中でも、明るく生きる人々の日常をコミカルな漫才に。

笑いに包まれるステージは、やがて原爆の話へ…。

「彼の名は深堀 悟。被爆当時11歳、小学6年生でした。縁側で休んでいました」

今の時代の子どもとも変わらない小学6年生の少年が、普通の夏休みを過ごしているときに落とされた一発の原子爆弾。

少年が目にしたもの、聞こえた音、感じた恐怖…。ていねいに 繊細に 表現します。

「景色は一変していました。浦上は辺り一面、炎に包まれ、建物がなくなり、人がなくなり、鳥や虫たちの声すらなくなる」

タイトルは「希望の鐘」。

竹森さんが演じる永井博士が、焼け野原のがれきの下から見つけたのは、浦上天主堂の鐘でした。

「この鐘をもう一度鳴らそう。音もなくなった浦上に…。もう一度、日常を取り戻すんだ」

戦時中の日常をネタにした漫才で笑顔だった観客の目は、涙でうるんでいました。

◆“想像してみる”ことで芽生える思いやりの心

「全てを破壊された町。75年間は生き物は住めないと言われた町。それでも人々は寄り添い、励まし、きょうも浦上の丘に鐘の音が響き渡ります。

その鐘は、永井博士が瓦礫から掘り起こしたその鐘は、今も人々を慰め、励まし、生き続けています」

(観客)

「(原爆は)あんまり思い出したくないことなので拒否というか、距離を置いていたけれど、やっぱりこれを子どもたちに伝えていかないといけないので、すごく感動した」

(アップダウン 竹森 巧さん)

「今回も本当に子どももたくさん来てくれていたので、それが非常に嬉しい。これからは、例えば学校の平和授業など、そういうところにも呼んでもらいたい」

(アップダウン 阿部 浩貴さん)

「僕らの(舞台を)観てもらって、それをきっかけに自分で調べてみたり、話を聞いてみたり、原爆資料館に足を運んでもらうきっかけになればいい」

舞台は、2人からのメッセージと、自作の歌で締めくくられます。

(アップダウン)

「原爆をテーマに漫才を作ったけれど、もう一つ、“想像してみる” ということもテーマとして掲げている。

 今こうして幸せに生きられているということ、今以上にもっともっと思いやりの気持ちが芽生えて、平和への第一歩になるんじゃないかと信じている」

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