「キムにチャンスはほぼない…でも」井上尚弥の挑戦者“ナゾの韓国人ボクサー”の素顔を知るモロニーが証言「代役として最高の相手だよ」

 世界スーパーバンタム級4冠王者・井上尚弥(大橋)の代役挑戦者、キム・イェジュン(韓国)とはどんなボクサーなのか――。IBF、WBO指名挑戦者サム・グッドマン(豪州)が2度にわたって左目の上をカットしたことで、1月24日に有明アリーナで行われる予定だった井上対グッドマンのタイトル戦は中止。代わりに急遽、21勝(13KO)2敗2分のキムが起用されることが決まった。

 キムに関する情報は多いとは言えない中で、一緒に練習を行ったばかりの前WBO世界バンタム級王者ジェイソン・モロニー(豪州)に印象を聞いた。2月24日、有明アリーナで那須川天心(帝拳)と対戦予定のモロニーは今月上旬、オーストラリアでキムとスパーリングを行ったばかり。2020年10月には井上への挑戦経験(7回KO負け)もある34歳は、今戦の分析を依頼するには適切な存在に違いない。

(以下、モロニーの一人語り)

「最近まで存在を知らなかったが…」

 私はサム・グッドマンと4、5回、スパーリングをしていたという経緯もあり、彼の身に起こったことは本当に残念でした。サムの準備を手伝う過程で、彼が本当に一生懸命練習しているのがわかりました。ハードなトレーニングを積み、コンディションも非常に良く、今回の試合を心底から楽しみにしていました。試合直前での故障発生はボクシングではあることですが、実際に起こると本当に壊滅的です。彼がいずれまた大きなチャンスを得られることを私も願っています。

 井上対グッドマン戦は中止になり、クレイジーな流れでキム・イェジュンが代役として出場することになりました。韓国出身のキムは私が住んでいるニューサウスウェールズ州北部からはそれほど遠くはないブリスベンでトレーニングをしていたのですが、実は彼のことはつい最近まで知らなかったんです。

 ご存知の通り、私は2月、日本でサウスポーの那須川天心と対戦することになりました。そこで私の友人であり、ボクシング・マネージャーを務めるマイケル・アルタムラと話をした時に、「優れたサウスポーのスーパーバンタム級ボクサーと契約していて、その選手はブリスベンで練習している」と知らされたのです。

 キムのトレーナーはオーストラリア人のジョン・バスタブル。ブリスベン出身のナイスガイです。キムとジョンがどれくらい一緒に練習してきたかは知りませんが、彼らはコンビを組み、すでに何回か試合をこなしてきたとのこと。キムは韓国在住ですが、試合のたびにオーストラリアでジョンの指導を受けているとのことです。

 そういった経緯から1月上旬、私はブリスベンに行き、キムと8ラウンドのスパーリングを行ったというわけです。スパーリングはいい内容でした。キムはフィジカルがかなり強く、動きにはキレがありました。パンチ力もありましたね。

負傷をきっかけにサウスポーに変更

 スパーリングの話が出た時、私に送られてきたBoxrecのページにはキムのスタンスはオーソドックスと記されていました。ただ、実際にはサウスポーだと聞き、私とのスパーリングもサウスポーで戦っていました。

 サウスポーの方が好みのスタンスだと思いますが、オーソドックスで試合を行っているビデオもいくつか見ました。おそらく彼はスイッチヒッターなのだと思います。サウスポースタンスでかなり落ち着いて戦っていたので、井上戦も基本的には左構えで戦うんじゃないでしょうか(注:来日後、キムは「2020年に負傷し手術したことをきっかけにサウスポーに変えた」と話している)。

 スパーリングで会った時、キムには“パックウェザー”というニックネームが付けられている話は知りませんでした。マニー・パッキャオ、フロイド・メイウェザーというボクサーとしてのタイプもまったく異なる2人のスーパースターを融合させたのだから、面白い愛称ですね。とてもユニークなニックネームですが、その重積を担うのは大変なことじゃないかと気になってしまいます(笑)。

 キムは会話ができるだけの英語力があり、スパーリングの後で少し話をしました。私が日本で那須川と戦うことを知っていて、「君なら天心に勝てると思うよ」と言ってくれました。ナイスガイでしたね。先ほども言ったように、彼とはいいスパーリングができたので、「また何ラウンドかやろう」と伝えました。

「イノウエにパートナーを盗まれた(笑)」

 そこでキムは1月24日、井上のタイトル戦のアンダーカードで試合をする予定だと聞いたのです。「もしもグッドマンに何かあったら私が代役として井上と戦う」とも知らされ、すごい話だ、と思いましたよ。でもその段階では、私はサムにこれ以上何かが起きるとは思っておらず、試合は大丈夫だろうと考えていました。

 ところがそのスパーリングの2日後、サムがまた左目をカットし、キムが代役挑戦者になったというニュースが流れて仰天させられました。それでも私はもう一度、キムとのスパーリングを組もうと手配したのですが、彼はもう韓国へ向かっており、叶わなかったのです。思いもよらぬクレイジーな流れで、私は井上にスパーリングパートナーを盗まれてしまったというわけです(笑)。

 このような形で世界タイトル挑戦の機会を手にしたキムはとても幸運だと思います。とても難しい仕事であるのは間違いないですが、井上との対戦は軽量級のボクサーにとって最大のステージであり、一生に一度のチャンス。何でも起こり得るのがボクシングであり、キムは全力を尽くして戦うという確信があります。

 スパーリングパートナー、トレーニングパートナーのことはあまり話しすぎたくないですが、先ほども言った通り、キムは力のあるボクサーだとは思います。井上陣営は、試合2週間前に準備できる代役選手としては最高の相手を呼び寄せたのでしょう。ただ、キムが対戦するのは世界最高のボクサーです。私は現時点で井上に勝てる選手は同階級には存在しないと思っていて、正直に言えば、今戦でもキムにはチャンスはほとんどないと見ています。井上が簡単に勝つと思いますよ。

 もちろんそれでも、キムはできる限りすべてのことをやらなければいけません。これほどの機会なのだから、単にサバイバルを目指すべきではないのでしょう。井上を相手に何を試みるべきかと問われたら、やはり「アグレッシブに戦い、果敢に攻めること」だと答えます。最初の3〜4ラウンド、全力で攻め込み、パンチを振り、波乱を狙うべきでしょう。井上相手に落ち着いて構え、アウトボクシングでポイントを奪うなんてことが可能とは考えられません。打ち合いこそが彼にとって最善の策だと思います。

 繰り返しになりますが、キムには馬力とパワーはあります。ルイス・ネリが昨年5月、井上戦の初回にダウンを奪ったという例もありました。だからキムもこの千載一遇のチャンスに賭け、必死に攻め込むといった形でダイスを振り、ボクシングの歴史上最大級の番狂わせを狙いにいくしかないのでしょう。

◆1月20日、井上尚弥戦を控えるキム・イェジュン本人への電話取材が実現した。後編ではその模様をお届けする。

文=杉浦大介

photograph by JIJI PRESS

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