近年の大阪の高校野球は2強とも言われている大阪桐蔭、履正社による覇権争いが続いている。
前編で述べたように、かつては大阪桐蔭との激闘を演じたことがあるとはいえ、それから7年間、大冠は府内でもなかなか上位進出できない大会が続いていた。昨秋は府大会3回戦、夏は府大会2回戦(初戦)で敗れている。
愛知県の「私学4強」のひとつの愛工大名電でプレーしてきたイチロー氏目線で、自身が他の4強の東邦、中京大中京、享栄としのぎを削ってきたように、こちらが大阪桐蔭と履正社を意識していても「2校からすれば府内ベスト16のチームは眼中にはない。そこに挑むことになる」とイチロー氏は厳しい口調で選手らに訴えた。
「強豪と同じ練習では自分たちは追い越せない」主将の加藤日向はこう振り返る。
「自分としては悔しかったです。強豪からの目線を初めて聞いて、よく考えればそうだなと思いましたし、実際に自分たちはそこを上回るような練習もまだできていません。強豪と同じ練習では自分たちは追い越せないので、普段の練習から高い意識を持っていないといけないですし、細かい部分も詰めながら厳しくしていかないといけないと思いました」
チームを率いる東山宏司監督もイチロー氏の言葉ひとつひとつを厳粛に受け止めていた。
「本当に言っていることはもっともだと思いました。イチローさんも高校時代は愛工大名電でプレーしていて、“愛知県の私学4強”以外は全然意識していなかったと。大阪では大阪桐蔭と履正社からすれば、8強とか16強の学校は眼中にない。眼中にないっていう言い方は語弊があるかもしれないけれど、相手にしていないっていうのはありますよね」
ちなみに大冠高校は履正社や大阪桐蔭ともよく練習試合をしており、手の内はどことなく把握はしている。とはいえ近年の戦績から見ても、甲子園で優勝も遂げている2校からは、大きく水をあけられているのが現実だ。
2日目の最後は約30分間のイチロー氏の熱弁が続いた。「初めましてでここまで厳しいことを言うのは初めて」とイチロー氏自身が振り返っていたように、それだけ大冠の今後に向けて本気で接してくれたということだ。午前中から夕方まで約5時間、2日間にわたった指導は、選手たちに成長のきっかけを与えてくれたようだ。
近年、大阪の公立校が苦戦する「ある事情」ただ、近年の大阪府の公立高校の苦戦には、ある事情も絡まっていた。
先日、東洋大姫路の岡田龍生監督の取材をした際、毎年のように上位進出を果たす「兵庫県の公立高校」と「大阪府の公立高校」の違いについて、こんな話をしていた。
「大阪は数年前に私学無償化が言われてから公立高校に良い選手が流れにくくなった現状があるんじゃないですかね。兵庫県はそういった面で、まだ公立高校にも良い選手が来てくれますから」
東山監督も、その言葉に大きく頷く。
「それはすごく大きいですね。それに、大阪の府立高校には推薦制度がないこともひとつだと思います。以前、私学には推薦制度があっても人数の枠が決められていたんですけど、私学無償化になってからはその枠がなくなった。
例えば、ウチと私学とどちらに進学するか迷っていて、私学が無償化されればそりゃあ設備の整った私学に行きますよ。だからこれまでウチに来てくれたような野球のレベルが中間層の子でも私学に行くようになったし、野球がそこそこうまくて勉強ができる子は府立の進学校を選ぶ。そうなると、ウチのような学校には選手が集まりづらくなりました」
大冠高校は、以前は3学年が揃えば全部員は100人を超えることがあったが、近年はほとんどなくなった。現在は1、2年生で計45人在籍しており、公立高校では部員数は多い方ではあるが「入ってくる選手のレベルは以前よりも明らかに下がった」と東山監督は嘆く。
さらに公立高校が抱える厳しい現状も口にする。
「この周囲でも1学年ではなく全部員がひとケタの学校が増えて、秋は連合チームを組んでいる学校が増えました。学校自体の統廃合も増えていますから。大阪の府立だと、工科高校で野球の強い学校は以前何校もあったんですけど、近年は統廃合が続いています。受験の出願状況を見ても、ほとんどの学校が定員割れですからね」
子どもの数が減っているのは府内のみならず、国内全体が抱えている問題でもある。それでも野球人口が多いとされる大阪でも起こっている深刻な事態の中、何とか工夫をしながらチーム強化法を探っていかなければならない。
「以前のような磨き方をやっていても…」2017年夏の大阪大会での躍動時に大冠高校で特に話題になったのは、選手たちの身体の大きさだ。当時からトレーニングに力を入れ、振る力をつけて打線を強化してきたが、近年はそれが必ずしも結果に結びつく訳でもないという。
「以前のような磨き方をやっていても、伸びしろで見れば今は限界がありますね。あの当時のチームと今とではスタートするレベルから違うので、どうしても結果が出なくて……。これはもう、言い訳になってしまいますけどね」
ただ、攻撃面に関しては昨年から高校野球で採用された低反発バットの影響はある。
「今までのとらえ方なら右中間、左中間に抜けていた当たりが打ち取られることが増えましたからね。今はなかなかホームランが出ないですし、繋ぐ野球に徹しています」
大冠高校では重さや太さの違う多様なバットを使った打撃練習をしているが、今もその手法は変えていない。ただ「縦振りばかりすると打球は上がるだけになってしまう。今まで間を抜けていた打球が抜けなくなったので、バットの軌道を変えていかないといけないと思いました。強く振ることに変わりはないんですけど、今まで以上に身体を使って打たないといけないことがこの1年間で分かりました」と指揮官は振り返る。
木製バットでの練習も取り入れてきたが、「しっかり振れる子は木製バットでもさほど変わらないです。でも、木製バットは経済的なことを考えるとしんどいんです。低反発バットでも1本4万ほどするので、ウチの部費からしたらなかなか買えないですよ」と指揮官は苦笑いを浮かべる。
それでも番狂わせの試合が増えたことは感じている。バントやエンドランが主流になり、いわゆる“スモールベースボール”が手段のひとつとなり、守る側としての戦い方も変わってきたと痛感する。
「2アウト満塁でセンター前ヒットが出れば今までは2点入っていましたけど、今はセンターはセカンドに投げてフォースプレーにして失点を防げる。そういった練習をすることもありますね。ピッチャーのコントロールの精度も含めて、キレのある変化球で芯を外すとか、そういった部分も大事になってきます」
「まずは春に勝ち上がってシードを」周囲を取り巻く環境がどんどん変わっていくうえに、新基準バットへの対応や夏場は熱中症対策など、多くの問題への向き合い方を明確にしながら駆け抜けた2024年だった。それでも現チームは夏の大会を経験した下級生が多く残り「来年に向けて楽しみな部分はある」と指揮官は手ごたえを感じているという。
「大阪が(2021年に)シード制になってから、ウチはまだ夏のシードを一度も取れていないんですよ。だからまずは春に勝ち上がってシードを取りたいです。上位に行ける力はあると思うので、この冬の取り組みが重要ですね」
その土台を、イチロー氏の指導で得た教訓をもとに、しっかり固めていく。
「下半身がしっかりしてこそ……ということをイチローさんから学んだので、この冬は下半身を意識しながら動けるように練習していきます。夏も秋も公立高校に負けているので、大阪の公立高校としての意地を見せたいです」
加藤主将の決意表明の言葉が、冬空の下に響く。先輩たちに負けない歴史を、自分たちの手で――。かつての“府立の星”は、再起をかけ、シーズンオフとなる長い冬の鍛錬期間に入る。その中で、選手たちは皆同じ方向を向く。レジェンドの教えが示す方へ、真っすぐに力強く。
文=沢井史
photograph by JIJI PRESS