3月9日のソルトレイクシティ・スターズ対メンフィス・ハッスルの試合に、河村勇輝が会いたいと思っていたアイザイア・トーマスはいなかったが、コート上には別の知った顔がいた。この試合で主審として笛を吹いていたGリーグ審判のブランカ・バーンズだ。
ブランカ・バーンズという名前を聞いただけではピンと来ない人も、去年のパリ五輪の日本対フランス戦の女性審判と言えば思い出すだろうか。4Q残り10秒、日本が84-80と4点リードした場面で、3ポイントショットを決めたフランスのマシュー・ストラゼルに対する河村のファウルを吹いた審判だ。
以前の記事でも書いたように、河村自身は大事な場面でファウルに見えるようなプレーをしてしまったことへの反省はあるものの、実際にファウルではなかったと主張している。ファンや関係者の間でも、後々まで物議をかもした笛だった。このプレーでフランスに同点に追いつかれ、オーバータイムの末に敗れたことは、河村にとってパリ五輪での悔しい思い出だ。
「恨む気持ちはまったくない」最近、ネットフリックスで、パリ五輪での男子バスケットボールの戦いを描いたドキュメンタリー『Court of Gold』の最初の部分を見始めた河村は、「それこそ、僕たちが勝ち上がっていたら、もしかしたら僕たちもドキュメンタリーに入っていたかもしれないって考えると、ちょっと悔しさがあります」とも言っていた。
そのバーンズは、現在Gリーグの審判をしており、これまでにも何度かハッスルの試合を担当してきた。
「彼女を見るとフランス戦を思い出しますね」と河村は苦笑した。
はっきりさせておきたいのは、河村自身、バーンズに対する恨みの気持ちはまったくないということ。
「(恨む気持ちは)まったくないです。ただ単に、彼女がその時の審判だったっていうだけで、もちろん、彼女とそういう話をすることもないですし、する必要もないと思っています」
試合を戦うなかでは、様々な駆け引きがある。対戦相手との駆け引きはもちろんのこと、時にはそれが審判を巻き込んでの駆け引きになることもある。
そのことはGリーグでプレーしていても実感しているところだ。まわりの選手より一回り以上小さな河村の場合、特にディフェンスでは、チームの弱点とならないようにアグレッシブに自分から仕掛けていく必要がある。ファウルを吹かれないギリギリのところで、相手から嫌がられるようなしつこいディフェンスをしなくてはいけない。
珍しくコートで“苛立ち”を露わに3月9日のスターズ戦では、マークしている選手に対して、身体を当てに行くようなフィジカルなディフェンスを続けた結果、前半だけで3ファウル、第3Qには4つ目のファウルを吹かれてしまった。
「NBAでプレーしたいなら、オフェンスだけでなく、特にディフェンスの部分で評価を上げていかないとこの先大変になると思う。ディフェンスができるっていうことをしっかりと証明しないといけない。アグレッシブにやらないと簡単にやられてしまいますし、そのアグレッシブさを相手が逆手にとって、ファウルをドローしてくることもある。その中でアグレッシブさを失わずにやりながらも、駆け引きとしてバランス持ってやらないといけないと思っています」
このときの4つのファウルのうち、2つがバーンズの吹いた笛だった。特に4つ目のファウルのときは、河村も珍しく顔にフラストレーションを表していた。フランス戦での因縁を思い出しながら見ると変な深読みをしてしまうのだが、試合後に聞くと、河村はバーンズに対する嫌な感情はまったくなく、割り切っているという。むしろ、4つ目のファウルのときの感情は、駆け引きをうまくできなかった自分へのフラストレーションだった。
「きょうの試合でも、彼女だけではなく、他の審判にもファウルをとられてしまうということは、自分がそこの駆け引きがうまくできてないところ。自分としては納得できないファウルもあったんですけれど、審判がファウルといえばファウルになってしまうわけで、そういった意味で駆け引きが大事なのかなとは思います」
審判の判定を根に持つことはない?
「(審判に対して)根に持っても何も結果が変わることもない。結果が変わるならもしかしたら……。でも、NBAでも試合が終わった後に何を言っても変わらないと思うので。そういうところ、自分はちょっとドライです」
ドライに割り切るからこそ、前に進むことができる?
「本当にそうですね。吹いたのが彼女だっただけで、別に一個人の方に対して恨みを持つとかまったくないですし。審判も試合の一部なので。レフリーと選手は対等で、平等でなくてはいけないと思っていますし、お互いにリスペクトをちゃんと持ったうえでゲームを進めていくっていうのが、僕の好きなやり方であり、信念のひとつ。もちろん、タフなコールではありましたけれど、それをひきずって、彼女が彼女がっていうことはまったくないですね。彼女を見ると思い出しますけれど、それで『クソ』みたいな、そういった感情にはならないですね」
バーンズ審判への誹謗中傷「やめてほしい」フランス戦の直後には、バーンズのインスタグラム(現在は非公開)に、判定に対する批判や、個人的な誹謗中傷も書きこまれたと伝えられている。河村にそのことを伝えると、河村はきっぱりと「やめてほしい」と言った。
「どうであれ誹謗中傷っていうのは僕としては好きではない。レフリーでありながら、一人の人間でもありますので。そういったことが彼女の人生にとっても、精神的にも、ネガティブになっていくようなことがあるのは、あまり好きではないので。そこは、避けていただきたいです。あくまでも彼女のせいではなくて、批判されるのは僕であり、日本代表だと思っているので。最後のあのポゼッションだけで言えば、僕がファウルになるような見え方をしてしまったっていうところがあるんで。そういう批判をされるのはやっぱ僕であるべきかな、とは思います」
最後にもう一度、Gリーグでの話に戻る。ハッスル対スターズで3Qまでに4ファウルを吹かれた2日後、3月11日に行われたスターズとの再戦で、河村は激しく、アグレッシブなディフェンスはそのままに、ファウルを試合通して1つに抑えている。これは、単なる偶然ではなく、最初の試合でファウルを吹かれた場面を映像で見返して、吹かれる原因となった自分のプレーを改善した結果だった。
「前の試合はいいディフェンスした後に、最後に手を出してしまって、それが相手の手に引っかかってしまってファウルに吹かれることがあった。きょうは体を使いつつも、最後の最後のところで、手を出さないというところを意識してやったのがよかったのかなと思います」
過ぎたことについて、いつまでも文句を言ったり、引きずっていても何も生まれない。むしろ、そこから自分の反省材料を見つけ、自分が変えられること、自分のコントロールできることに集中する。そうすることで、時間を無駄にすることなく、成長することができる。そうやって“ドライ”に割り切ることができるのも、河村勇輝の強みのひとつなのだ。
〈前編からつづく〉
文=宮地陽子
photograph by Joe Murphy/NBAE via Getty Images