角田夏実は本気だった。
4月20日に横浜武道館で開催された、皇后盃全日本女子柔道選手権大会。最軽量級の自分が無差別級でどこまで通用するのか。
パリ五輪女子48kg級で金メダルを獲得後、角田は「これからは柔道を楽しんでやっていく」と宣言した。しかし、その楽しさとは、階級別で世界の頂を目指す道程とは別の試練を自らに与えることだった。
困難な挑戦…それでも“悲壮感”とは無縁だった皇后盃は無差別級で女子日本一を争う大会だ。最近の優勝者の顔触れを振り返ってみると、昨年は78kg超級の瀬川麻優、一昨年は78kg級の梅木真美と重量級ばかり。当たり前といえば当たり前だが、歴史を遡っても最軽量級の選手が優勝した例はない。61kg級を本職としながら第1回大会を制した八戸かおりが記録上もっとも軽い階級の優勝者だろう。
角田自身、柔道の醍醐味である“柔よく剛を制す”が生やさしいものではないことは、過去2度の皇后盃への挑戦で十分にわかっていた。初出場となった2020年大会では57kg級の選手に初戦敗退という苦汁を飲まされた。その反省を踏まえ、翌21年の大会では78kg超級(105kg)の田中里沙に果敢に巴投げをかけるなどして勝利を収めている。
今回は三度目の正直だった。その本気度を示すかのように、大会直前、角田は48kg級の日本代表の座を辞退し退路を断っていた。そんな角田の挑戦を一目見ようと、大会のチケットはソールドアウトになるなど、試合開始前から場内は異例の熱気に包まれていた。
もっとも、前人未到の領域に挑む日本人アスリートに漂いがちな“悲壮感”とは無縁だった。試合前、通路で自分の出番を待つ間には笑みを浮かべるなど、終始リラックスした空気を漂わせていた。試合後には「楽しみもあれば、緊張もあった」と打ち明けていたが、少なくとも第三者から見れば後者は皆無に映った。
「1回戦は体重差37kg」それでも仕掛けた巴投げ1回戦の相手は体重90kgの高校3年生・鋳山真菜実。大会当日53kgで畳に上がっていた角田とは実に37kgもの体重差があった。そんな鋳山を相手に、角田は巧みな組み手と技の切れ味で勝負する。鋳山が動く前に巴投げを積極的に仕掛けるなど、常に試合の主導権を握っていた。
巴投げで自分の横に相手を投げようとしていたのは、体重差を考慮してのことだろう。きれいに持ち上げてまっすぐに投げようとすると必要以上に体力が削られてしまう。
ポイントには結びつかなかったが、今大会から解禁された「足とり」にも果敢に挑んでいた。軽量級の方がスピーディーに出入りできるので、相手の足をとって崩す戦法は体重が軽い選手に有利に働く可能性が高い。
判定の旗が3本とも角田に上がると、観客席から大きな拍手が沸き起こった。鋳山は潔く敗北を認めた。
「組み手のスピードとか、私が持つ前に素早く技に入ったりするところはさすがだなと思いました」
対戦相手も驚き「階級が違うとは思えない」続く橋高朱里との2回戦は角田にとってハイライトといえる一戦となった。橋高の体重は76kg。初戦ほどではないにしろ、23kgの体重差があったが、そんな相手に対しても角田は十八番の巴投げで積極的に攻め込む。4回目の巴では橋高を完全に持ち上げてコントロールしたうえで横に投げた。
一度は主審も「技あり」とみなすほどの切れ味だったが、直後に有効に訂正される。それでもこのアドバンテージは大きく、終始攻め続けた角田が優勢勝ちを収めた。
試合後、橋高は階級差を感じさせない角田のうまさに舌を巻いた。
「角田選手からは階級が違うとは思えないほどのパワーを感じた。具体的にいうと、組み手や体の使い方です。それに圧倒されたという感じでした。自分がやりたいことを出す前に、角田選手の組み手が出来上がっていました」
ルールの観点から見れば、この日の角田は試合時間も味方につけているように映った。皇后盃ではゴールデンスコア(延長戦)は適用されず、本戦(準決勝までは5分、決勝は8分)での旗判定で勝負が必ず決せられる。試合時間が引き延ばされなければ、体格差でじわじわと削られる確率も下がり、ペース配分を計算するのも容易になる。
「この勢いで角田が勝ち上がっていったら……」
会場のムードはいやがうえにも高まったが、続く寺田宇多菜との3回戦でついに限界が訪れる。寺田の体重は70kgと鋳山や橋高より軽かったが、2回戦までの消耗が想像以上に激しかったのだ。
「やっぱり私は柔道が好きなんだな」案の定、角田は中盤以降、寺田との組み手争いに敗れ、後手に回ってしまう。スタミナや集中力も少しずつ落ちているように見えた。それでも試合終了間際、角田は伝家の宝刀である巴投げにトライする。寺田の両足を浮かせる段階までは持っていったものの、その後の処置を誤り、投げ切るまでには至らなかった。
角田は最後の巴投げからそのまま腕ひしぎ十字固めに持ち込もうとしたが、こちらも的確に対処された。巴投げから柔術で磨いた関節技へのコンビネーションは角田の必勝パターンのひとつ。対戦相手は角田対策として巴投げとともに、とられた片腕を伸ばされないように細心の注意を払っていた。
「巴投げは体重差もあるので、腰を落としたら防げると思っていました。でも、角田選手は片襟(をとった状態)だけでも十分にかける気持ちでいた。握力が強いのか、向こうの掴みを切れなかった」
想定内と想定外。敗れてもなお、角田は爪痕を残していた。大会を盛り上げた金メダリストは「やり切った」と満足した笑みを浮かべる一方で、はっきりと悔しさも口にした。
「もっと上位で闘いたいという気持ちもあった」
とはいえ、気持ちと肉体は別ものだ。2回戦以降は疲労との闘いだったことを打ち明けた。
「1回戦が終わったときから疲労度がいつもの試合とは全然違っていた。海で遊び切ったあとの体みたいなダルさがありました。いつもだったら、(勝ったら)次の試合って感じでいけるんですけど、なんかもう気持ちと体が反していた」
今後について水を向けられると、角田は「毎日気持ちがコロコロ変わるような日々を過ごしている」と本音を吐露した。
「この大会に向けて、柔道だけに絞ってやっているということは自分の中ですごく充実していた。『やっぱり私は柔道が好きなんだな』と感じられる時間だった。(今後については)階級別で必ず勝たなければならないというプレッシャーの中でずっと闘っていけるのかと、どうやって自分の柔道を作っていけるのかをすり合わせながら考えたい」
万人を魅了する角田の微笑の正体、それは柔道に打ち込むたびに感じる日々の充実だったのか。ゴール地点はまだ見えない。
文=布施鋼治
photograph by AFLO