『ウィキッド ふたりの魔女』 シンシア・エリヴォとアリアナ・グランデによる魔女への道、飛翔せよと魔女は言った

ハリウッドの本気のミュージカル映画の凄まじさよ。グリンダを演じるアリアナ・グランデは、全身を使って自身に向けられるカメラとダンスしているかのようだ。歌声の美しさだけでなく、ダンスのキレ、しなやかさで、次々と“ボディランゲージ”を発明していく姿に目が離せなくなる。指先、視線の動き、まつ毛の動きに至るまで、すべてがダンスとしてスクリーンに昇華されている。なによりエルファバを演じるシンシア・エリヴォとの歌唱的、演技的ハーモニーの素晴らしさ。かつて“ふたりの魔女”は、魔女になるためのインスピレーションを惜しみなく与えあっていた。

西の魔女の起源、悪の起源

悪であることは生まれつきのものなのか。それとも不特定多数の人間に悪であることを押し付けられるものなのか。小さな女の子が善い魔女”グリンダ(アリアナ・グランデ)に問いかける。「どうして悪が生まれるの?」グリンダは、よい質問だが、それは多くの人を混乱させるでしょうと答える。1939年に米国で公開された『オズの魔法使』でマーガレット・ハミルトンが演じた西の悪い魔女。黒い帽子と鋭い爪、尖った鼻。ほうきに乗った緑色の肌をした魔女のイメージは、スクリーンに登場以来、多くの人が抱く魔女のイメージとして人々を怖がらせ、悪夢となり、同時に愛されてきた。『ウィキッド ふたりの魔女』は、“悪”が生まれる起源へと向かっていく。

本作は“悪い魔女”エルファバ(シンシア・エリヴォ)の黒い帽子のショットから始まる。廃墟の水たまりに浸る魔女の帽子。空飛ぶ猿たちの飛翔。カメラは猿たちを追いかけ飛翔する。渓谷を超え、オズの上空を飛ぶ。この冒頭シーンにはティム・バートン監督によるダーク・ファンタジーが始まるようなワクワク感がある。そのときほんの数秒、黄色いレンガ路をのどかに歩く妖精のようなグループの後ろ姿が映り込む。『オズの魔法使』の少女ドロシーとかかし、ブリキの木こり、ライオンである。

ダーク・ファンタジーの様相が打って変わり、映画はチューリップ畑を走り抜ける子供たちの無邪気なイメージに転換する。子供たちは西の魔女が死んだという報せを運ぶ。マンチキン国では「西の魔女は死んだ」と大勢の人たちが祭りのように騒ぎ始める。ピンクのバブルに包まれたグリンダが空から舞い降りる。悪を悼む者はいない、悪は一人ぼっちで泣く。「No One Mourns The Wicked」が狂騒的に歌われる。悪なるものを排除することが過剰に強調されるこの祝祭、楽曲は、どこかファシズムのような危険な雰囲気すら感じさせるものだ。『ウィキッド ふたりの魔女』は、ダーク・ファンタジーから“善良な”ファンタジーへ急転換していくこの冒頭数分のシーンだけで、善と悪がコインの裏表の関係、合わせ鏡のような関係にあることを伝えている。小さな女の子から悪が生まれる理由について問われたグリンダは、どんなに邪悪な魔女にも子供時代があると答える。映画はエルファバの幼少時代を回想するシーンへと向かう。人々から邪悪と謳われることになる『オズの魔法使』の緑色の魔女の生い立ちが描かれる。

『オズの魔法使』という映画自体が、グリンダとエルファバのようにファンタジーとダーク・ファンタジーの両面を併せ持っており、それは今日に至るまで様々な映画のインスピレーションになってきた。近年ではグレタ・ガーウィグ監督の『バービー』(2023)やデイミアン・チャゼル監督の『バビロン』(2022)。または『Pearl パール』(2022)のようなホラー映画に至るまで枚挙にいとまがない。たとえばデヴィッド・リンチのような映画作家が“アメリカ映像史の悪夢”として『オズの魔法使』を偏愛していることが、この古典の途方もない豊かさを示している。

アリアナ・グランデとシンシア・エリヴォ

『ウィキッド ふたりの魔女』に描かれるグリンダとエルファバの学生時代には、魔法学校を舞台にしたアメリカ学園コメディ映画のような楽しさがある。美しいブロンドの髪で明るく尊大な性格のグリンダは、学園の高嶺の花、いわばプロムクイーンのような存在であり、疎外され、内気に育たざるを得なかったエルファバとは完全に対照的なキャラクターだ。エルファバは緑色の肌として生まれたときから父親に落胆されている。新生児のときから物体を浮遊させる特殊能力を持っていたエルファバは、魔法をコントロールすることができない。エルファバの魔法は“暴発”、または“事故”のように描かれている。

しかしシズ大学に入ったエルファバは、魔法学の権威であるマダム・モリブル(ミシェル・ヨー)に、その能力を高く評価される。グリンダは魔法が使えない。先生のお気に入りになれない。グリンダはエルファバに劣等感を抱く。つまりこれまでの人生における優位性を急激に失っていく。表面上の華やかさに変わりはないが、グリンダは明らかに不満を募らせていく。グリンダとエルファバの立場が入れ替わる。アリアナ・グランデとシンシア・エリヴォは対照的な演技アプローチで、グリンダとエルファバというキャラクターがコインの裏表の関係にあることを表現している。アリアナ・グランデは生まれつきのコメディエンヌ、もっといえばこの役を演じるために生まれてきた最高のコメディエンヌのように、クルクルと表情を変えながら歌い踊る。シンシア・エリヴォは落ち着き払った威厳のようなエネルギーをエルファバというキャラクターに宿らせている。そしてエルファバの瞳には抵抗の意思が宿っている。

アリアナ・グランデのあらゆる動きが美しい。小さな子供が憧れるお姫様のようなカリスマ性がある。この映画の観客はグリンダ=アリアナ・グランデのしなやかで予測不能な動きからまったく目が離せなくなるはずだ。歌唱力や身体能力の高さだけでなく、瞳の動き、まばたきするときのつけまつ毛をパチパチとさせる動き、呼吸、所作のすべてがダンスになっている。華やかなポップスターとして生きてきた経験や圧倒的なオーラだけでない。アリアナ・グランデは、自身に向けられたカメラを最高のダンスパートナーとして扱うことに成功している。ここには動きの魔法がある。グリンダは魔法を使えない。だからこそグリンダは動きによって魔法を使えるかのように振舞っているだろう。ピンクの美しい衣装も含め、グリンダの動きは自信のなさの裏返しなのかもしれない。グリンダの動きは舞踏的であり、とても音楽的だ。ブロンドの長い髪を大げさになびかせるアクションが素晴らしい。通常の会話の中にワンフレーズだけ歌うように言葉を織り交ぜていくタイミングが素晴らしい(スウィート♪と歌うときの美しい響き!) 。なによりグリンダはまったく憎めないキャラクターだ。愚かなブロンド美人というありがちなキャラクターでもない。グリンダのアクションが目立てば目立つほど、抑圧されたエルファバのキャラクターが際立っていく。2人はお互いを補完し合っている。グリンダとエルファバでこの物語の魔女のイメージを作り上げていくような感動がある。お互いにインスピレーションを与えあうようなプロセスがある。魔女への道がある。アリアナ・グランデとシンシア・エリヴォのアプローチは圧倒的に正しい。

魔女への道、魔女の身だしなみ

「最初のオーディションの3か月前から声のトレーニングを始めました。声の筋肉を、まったく異なる歌い方に慣れさせたいと思ったからです」(アリアナ・グランデ) / Variety [Billie Eilish Interviews Ariana Grande ]

アリアナ・グランデにとってグリンダ役は子供の頃からの夢だった。ビリー・アイリッシュとの対談で、グリンダの歌声は普段ポップミュージックを歌うときの声とは違う筋肉を使うため、長い訓練が必要だったことを述べている。アリアナ・グランデは9歳のときに児童劇団でドロシー役として「オズの魔法使」の舞台に立ったときから、グリンダというキャラクターに惹かれていたという。「ウィキッド」の舞台を観劇したのは10歳のころ。グリンダ役のクリスティン・チェノウェスに舞台裏で会って、小さな魔法の杖とキラキラのシャワージェルをもらったことで、“魔法”をかけられたという。アリアナ・グランデは、このとき魔女の“身だしなみ”を知ったのかもしれない。少女時代の彼女にとって、それはどれほど魅力的なことだっただろう。大人になったいま、自分が子供たちに魔法をかける側に回る。グリンダを演じることは、少女時代の憧れを生き直すことになる。演劇少女だった子供の頃の感覚を取り戻す。演技をするのがとても恋しかったという。アリアナ・グランデはグリンダが素敵なのは、「誠実なところ」と語っている。

“魔女の身だしなみ”。シンシア・エリヴォはエルファバの帽子に魔女のスピリットを託す。エルファバが帽子を手放さなかった理由。シンシア・エリヴォは、エルファバにとって帽子が不当な扱いに立ち向かうための大きな力になっていたと解釈している。抵抗の象徴としての魔女の帽子。だからこそグリンダとエルファバがルームメイトとして暮らすことを余儀なくされ、2人の距離が近くなったとき、衣装や身だしなみの話になるのは面白い。本作のハイライトの一つといえる「ポピュラー」を歌う名シーン。グリンダとエルファバがよき友人であり仲の良い姉妹のようになっていく様がとにかく楽しい。ドレッサーの鏡の前でグリンダとエルファバは顔を寄せ合う。『ウィキッド ふたりの魔女』には、グリンダとエルファバのラブストーリーのようなところがある。魔女同士による定義されていない愛といった方がふさわしいだろうか。

そして「オズダスト・ボールルーム」における、学生たちによるダンスフロアの熱狂とエルファバによる孤独でサイレントな抵抗のダンス。本作において足音や衣装の擦れる音、体の動きによる音は、煌びやかな楽曲と同じかそれ以上に耳に残る。このシーンは楽曲を排除してエルファバの儀式のような踊り、体の動きだけを“音楽”として響かせている。サイレント・ダンス。初めて見るエルファバのダンスは生徒たちの嘲笑を誘い、やがて嘲笑は恐怖に変わっていく。エルファバのサイレント・ダンスを見たグリンダは、彼女に近寄り、無言で共に踊りはじめる。魔女の魂が深く、心臓に届くまで共有されていくようなダンス。このときグリンダとエルファバはボディランゲージで2人にしか分からない“会話”をしている。グリンダとエルファバのダンスが作りだす親密な空間は、第三者が近寄ることを許さない。この映画でもっとも厳粛で研ぎ澄まされた瞬間といえる。もしこのサイレント・ダンスに言葉があるとするならば、それは「あなたの鏡になりたい」という言葉だろう。グリンダとエルファバの鏡像関係は強固なものとなる。

飛翔せよと魔女は言った

歴史学部長ディラモント教授(眼鏡をかけたヤギ)は、過去を学ぶことは現在を説明するのに役立つと生徒たちに教えている。過去が照らす現在。『ウィキッド ふたりの魔女』という作品の画面設計と物語構造自体が、教授の言葉を証明している。『オズの魔法使』へのリスペクトだけでなく、ジョン・M・チュウ監督はクラシックとコンテンポラリーが折衷されたミュージカルとして本作を仕上げている。ウィンキー国の王子フィエロ(ジョナサン・ベイリー)が歌い踊る図書館のシーンは、天井や壁を無重力であるかのように踊ったフレッド・アステアのダンスを想起させる。また驚くべき優雅さを備えたジェフ・ゴールドブラムが演じるオズの魔法使いのクラシックな存在感。本作のジェフ・ゴールドブラムは、古典映画の二枚目俳優のような雰囲気と甘い声色、発声を併せ持っている。映画創成期に活躍したファンタジー映画の始祖ジョルジュ・メリエスの映画のようなセットで、ジェフ・ゴールドブラムは優雅に「A Sentimental Man」を歌う。風船のように月を弄ぶオズの魔法使い=ジェフ・ゴールドブラムのシルエットが美しい。たとえクラシック映画を知らなくとも、観客は映画の歴史とつながる感覚を持つことができる。

ディラモント教授は言葉を話せる動物がいなくなってきていることを危惧している。かつてシズ大学の校舎の壁には動物の指導者の肖像画が飾られていた。しかしファシズム化が進むオズでは、動物は地位を失っている。人間と動物が共に歩き、対等の関係でいられた過去は遠くに消えつつある。言葉を話す動物は追放される。グリンダとエルファバの関係も同様だ。権力者にハッキリと自分の意見を言う者、不当な扱いを訴える者は、悪のレッテルを貼られ追放されてしまう。レジスタンスであるエルファバはグリンダに向かって「カム・ウィズ・ミー」と繰り返し共に同じ道を行くことを投げかける。グリンダとエルファバは困難な時代に連帯する。助け合う術を発見する。やがて2人は別々の道を行くことになる。それぞれに善の魔女と悪の魔女のレッテルが貼られ、2人は分断されてしまう。

この世界から飛翔せよと魔女は言った。この世界の重力から解き放たれよと2人の魔女は共に歌った。エルファバは振り返ることすら許されず、崖からダイブするようにフルスピードで人生を前進させた。エルファバの飛翔は別れを意味する。エルファバが高く舞い上がれば上がるほど、過去の絆が現在の“ふたりの魔女”の孤独を浮かび上がらす。映画の冒頭であの頃のエルファバを回想するグリンダの胸の奥には、エルファバと共に歌った「Definity Gravity」の歌声がいつまでも響き続けている。

文 / 宮代大嗣

作品情報 映画『ウィキッド ふたりの魔女』

誰よりも優しく聡明でありながら家族や周囲から疎まれ孤独なエルファバと、誰よりも愛され特別であることを望むみんなの人気者グリンダは、大学の寮で偶然ルームメイトに。見た目も性格も、そして魔法の才能もまるで異なるふたりは反発し合うが、互いの本当の姿を知っていくにつれかけがえのない友情を築いていく。ある日、誰もが憧れる偉大なオズの魔法使いに特別な力を見出されたエルファバは、グリンダとともに彼が司るエメラルドシティへ旅立ち、そこでオズに隠され続けていた“ある秘密”を知る。それは、世界を、そしてふたりの運命を永遠に変えてしまうものだった‥‥。

監督:ジョン・M・チュウ

原作:ミュージカル劇「ウィキッド」

出演:シンシア・エリヴォ、アリアナ・グランデ、ジョナサン・ベイリー、イーサン・スレイター、ボーウェン・ヤン、ピーター・ディンクレイジ、ミシェル・ヨー、ジェフ・ゴールドブラム

配給:東宝東和

© Universal Studios. All Rights Reserved.

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公式サイト wicked-movie

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