『生殖記』朝井リョウ/小学館
2025年本屋大賞のノミネート作品が発表された。今年はどんな作品が選ばれたのだろう…。そわそわしながらサイトを見ると、『生殖記』の3文字が。多様性の時代の性的指向やつながりを描いた『正欲』から約3年半、長編作品として発表された一冊だ。
語り手は、同性愛者の30代会社員・達家尚成…ではなく、彼の「生殖本能」だ。第三者目線として、尚成の行動や心の動きを実況し、見守る形で進む。
ありのままの自分として生きるよりも、他人に合わせることで自己を形成していった尚成。自分で自分のことを嫌悪されるべき存在だと納得してしまうようになった。
この本ではたびたび”しっくり”というワードが出てくる。その対象は、セクシャリティだけでなく、会社での在り方や生き方についての価値観も含まれている。尚成は最後、ある結論にたどり着く。そのシーンを読んで、自分の胸に手を当ててみる。果たして心から納得するものを選択できているだろうか。読みながら、人生の歩み方についてもう一度見つめ直したいと思った。
「生殖本能」のユーモアあふれる口調もくせになる。朝井リョウさんのエッセー『時をかけるゆとり』にも通じる俯瞰(ふかん)的で、軽快な筆致が好きだ。今この瞬間、自分の「生殖本能」も日頃の行動を実況しているのだろうか…と考えたら、何だか少しゆかいな気分になった。
この本はタイトル部分に、ある仕掛けが施されている。それはまるで、価値観や選択肢もグラデーションでいいのだと伝えているように思えた。人間一人一人、それぞれの幸福の形がある。誰もが心から納得できる”しっくり”を、手にできることを願って。(小学館/1870円)
(コンテンツ部・池田知恵)