若手バイオリニストの毛利文香(31)が、デビュー10周年リサイタル・シリーズを始める。第1回は毛利が通ったドイツのクロンベルク・アカデミー、ケルン音楽大学の師ミハエラ・マルティンと共演し、イザイなどバイオリン二重奏の作品を演奏する。「10年はあっという間でした。このリサイタル・シリーズはこれからの10年、そして長く続いていく音楽人生に向けた私自身の覚悟」と話している。
ダブルスクール生活
毛利は神奈川県出身。3歳でバイオリンを始め、小学1年から洗足学園音楽大の水野佐知香に学び、中学から桐朋学園大の原田幸一郎、そしてマルティンと名教師たちに師事した。しかし、音楽の道一筋だったわけではない。高校は進学校で知られる洗足学園に通いながら桐朋学園ソリストディプロマコース、大学では桐朋学園や洗足学園に進むとともに慶応大文学部で独文を学ぶというダブルスクールを続けた。
「父がアマチュアでバイオリンを弾いていました。桐朋学園の子供のための音楽教室に通っていました。バイオリン中心の生活でしたが、勉強も好きだったのでダブルスクールを選択しました。(プロを目指す演奏家を育てる)いしかわミュージックアカデミーに毎年参加して刺激を受けながら、音楽で頑張っていこうという気持ちに自然となりました。桐朋学園ではレッスン中心なので週末に先生の自宅でレッスンを受けました。桐朋は室内楽が盛んでビオラの田原綾子さんらと自由にグループを組んでいました」
高校3年のとき、韓国で行われたマスタークラスでマルティンに習ったことなどをきっかけに留学先を決めた。
「水野先生は練習は厳しいのですが、本当のお母さんのように心配してくださいました。音楽以外のこともちゃんとしてないとだめだ、と教わりました。原田先生はそれぞれの個性を伸ばす教え方で、人としても面白い先生です。原田先生は世界とのつながりが多く、マルティン先生も知っていました。2人のタイプはまったく違います。先生によっては他の先生に教わることを嫌がる人もいるでしょうが、2人ともオープンで、より視野が広がるという考え方でした」
ストイックで妥協なく
毛利は2015年、フランクフルト郊外のクロンベルクにあるクロンベルク・アカデミーに留学した。同年、パガニーニ国際バイオリンコンクール第2位、エリザベート王妃国際音楽コンクール第6位。翌16年にはデビューリサイタルを行った。その後もモントリオール国際音楽コンクール第3位など実績を重ねた。
クロンベルク・アカデミーは1993年、すでに活動している若いアーティストがさらに学ぶための教育機関として開校した。アンドラーシュ・シフやクリスティア・テツラフ、キリル・ゲルシュタイン、ジャニーヌ・ヤンセン、今井信子、タベア・ツィンマーマンら世界で活躍する一流の演奏家らが教える。
「私が入ったころは生徒が25人くらいの小さな特殊な学校でした。生徒はシェアハウスに住み、家族のような雰囲気です。いろいろな先生のレッスンを受けられます。マルティン先生はストイックで妥協がありません。自分の音にこだわりを持っています。音程の取り方、バイオリンの持ち方など基礎から学び直しました。何となく考えていたことをはっきり意識させるのです。それぞれの先生で違うことを言っているようですが、根本的には同じことなのです」
マルティンが5、6月に行われる仙台国際音楽コンクールの審査員で来日、タイミングよく共演が実現した。プログラムはフランス・バロックの作曲家ルクレール、20世紀ポーランドの女性作曲家バツェヴィチ、ロシアのプロコフィエフ、ベルギーのイザイ。自身が受けたエリザベート王妃国際音楽コンクールは1937年、イザイ国際コンクールとして始まった。
「盛りだくさんのプログラムです。バツェヴィチは民族音楽っぽいところがある楽しめる曲です。イザイの『2つのバイオリンのためのソナタ』はマルティン先生のリッチで豊かな音との相乗効果もあり、2人で弾いているとは思えない分厚い響きです。最も影響を受けた師匠の音を聴いてほしい。その師匠にひたすら学んだ私の音と聴き比べてください」
10周年リサイタル・シリーズ第2回(10月10日)はピアニストのアブデル・ラーマン・エル=バシャとの共演。第3回(来年3月25日)ではイザイの無伴奏ソナタ全6曲に挑戦する。
リサイタルは6月10日、東京・富ヶ谷のHAKUJU HALL。問い合わせはノヴェレッテへ。(江原和雄)