■ホンダが1989年に市販した「VTEC」技術は市場に激震をもたらした
■VTECの登場によって1.6リッタークラスの自然吸気ハイパワーエンジンの競争が激化
■日産、三菱、トヨタなど各メーカーが追従するもVTECの牙城を崩すには至らなかった
ホンダ高性能エンジンの象徴「VTEC」とはいきなり昔話で恐縮だが、1989年にホンダが「VTEC」機構を積んだエンジン(B16A)を初めて市販したときのインパクトはもの凄いものがあった。
いまでもホンダの高性能エンジンを象徴するテクノロジーとなっている「VTEC」とは、「Variable valve Timing and lift Electronic Control system」を略したもので、この世界初の可変バルブリフト機構により、NA(自然吸気)ながら1リッターあたり100馬力のエンジンを生み出したことは、当時のクルマ好きにとっては驚きでしかなかった。
4サイクル・レシプロエンジンにおいてシリンダーに空気(混合気)を吸い込むのは吸気バルブであり、バルブのサイズとリフト量(開く高さ)が大きいほど、多くの空気を取り入れることができる。また、排気バルブも同様にサイズとリフト量を増やすことで吸気に見合った排気能力を実現できる。
そして、バルブサイズが一定であればリフト量を増やすことでパワーを稼げることになる。チューニングパーツで目にする「ハイカム」というのはリフト量を増やすカムシャフトのことだ。ただし、ハイカムによってバルブのリフト量を大きくすると低回転域で乗りづらくなったり、エミッションの面でネガが生まれたりする。
ホンダのVTECとは、カムシャフトに切り替え機能をつけることで、ハイ/ローふたつのリフト量を自在に制御できるようにしたもの。これにより低回転域での乗りやすさを維持しつつ、高回転での弾けるようなパワー感を両立した。
そして、国産メーカーは”打倒VTEC”を目指して、同様の可変リフト機構を備えたエンジンを生み出すことになる。ガチンコの勝負を挑むため、VTEC初搭載のB16Aと同じテンロク(1.6リッター)クラスのNAエンジンが大いに盛り上がった。
VTECの衝撃が国産メーカーを動かした最初に名乗りをあげたのは三菱だ。1992年、ミラージュやランサーに搭載されたテンロクエンジン4G92に「MIVEC(マイベック)」なる可変リフト機構が与えられた。
当初、最高出力160馬力で登場したホンダのVTECは、1991年にデビューしたシビックにおいて170馬力までアップしていたが、三菱MIVECはそれを超える175馬力を実現。ジムカーナやダートトライアルといったナンバー付き車両で争われるモータースポーツでもシビックとミラージュはガチンコのライバルとして切磋琢磨していった。
その後、シビックは1997年に「タイプR」を登場させる。その心臓部となったB16Bエンジンの最高出力は185馬力に達し、テンロクエンジンの究極形といわれた。
そこに待ったをかけるべく登場したのが日産のSR16VEエンジンだ。パルサーやサニーに搭載された、このテンロクエンジンには「NEO VVL」という可変リフト機構が備わり、スタンダード仕様は175馬力を発生。
さらにVZ-R・N1という限定300台のハイパフォーマンスグレードでは、高圧縮化、クランクシャフト・フライホイールバランス取り、ポート研磨、燃料室研磨、吸排気マニホールド研磨などが施され、最高出力は200馬力まで高められた。
こうした「テンロクウォーズ」を静観しているように見えたトヨタだが、、ひとクラス上の1.8リッターエンジンに「VVTL-i」という可変リフト機構を持つ2ZZ-GEエンジンを生み出している。その開発がヤマハ発動機であったことは有名だ。
このエンジンが搭載されたのはセリカやカローラだったが、のちにロータスへ供給され、エリーゼなどに積まれたことでも知られている。
なお、NA仕様2ZZ-GEエンジンの最高出力は190馬力。それ以前から存在していたホンダの1.8リッターVTECユニットであるB18Cが200馬力を発生していたことを考えると、後出しのライバルとしては物足りない性能だったと市場は捉えていた。