新型コロナウイルス禍による利用客の激減を経験したJR東海。復活を印象づけようと、広告に再び力を入れ始めている。「会いにいこう」キャンペーンとして2022年1月、CMに約20年ぶりに起用したのは、俳優の深津絵里さん。キャスティングの狙いを担当者が明かす。
 「会いたいという気持ちを支えるのが新幹線。それを一番共感してもらえる登場人物だと考えた」
 念頭にあるのは、JR東海が誕生した当初に制作され、社会現象にもなった伝説の「あの」キャンペーン。実はさまざまなバージョンが作られていた。いくつ覚えていますか?(共同通信=宮本寛)

 ▽シンデレラとクリスマス
 日曜夜の東京駅の新幹線ホーム。松任谷由実さんの曲をバックに、新大阪行き最終「ひかり」の前で遠距離恋愛の恋人同士が別れを惜しむ。そんなCMが人気を呼んだのが1987年に始まった「シンデレラ・エクスプレス」だ。
 このCMは、国鉄の分割民営化で誕生したJR東海が「新幹線と言えばJR東海」という企業イメージを浸透させる目的で始めた初のテレビ広告。当時のポスターは名古屋市の「リニア・鉄道館」(名古屋市)に保管されている。東海道新幹線の2代目車両、100系の前で女性がガラスの靴を掲げ、「日曜日、最後のひかり。それはシンデレラ・エクスプレス。」と書かれている。キャッチコピーは「駅などでの別れ」。スマホがない時代の切ない情景が表現されている。

 ポスター用に作られたガラスの靴は、今も「リニア・鉄道館」で大切に保管されている。靴はキャンペーン終了後も企画を担当した社員が保管し、2014年の東海道新幹線運転開始50周年の特別展に合わせて寄贈された。サイズは21・5センチ。右と左のどちらの足用かは「不明」。JR東海にとって特別な意味を持つキャンペーンだったことが分かる。

 ▽深津派?牧瀬派?
 シンデレラ・エクスプレスの後に制作され、爆発的な人気を呼んだキャンペーンが、「クリスマス・エクスプレス」。CMはさまざまなバージョンが制作された。
 テーマは「再会」。山下達郎さんの「クリスマス・イブ」をBGMに、恋人たちがクリスマスに新幹線のホームで再会するまでの情景を描いた。
 彼女役になったのが深津さんや牧瀬里穂さん、横山めぐみさんら。キャッチコピーは「会うのが、いちばん」だ。
 今回、深津さんの新たなCMを制作するに当たり、担当したJR東海広報部の佐治まさみさんはあらためて当時のCMを見てこう感じたという。
 「にくいなあ」
 会うのがいちばんと言いながら、会うシーンを直接は描かず、セリフもない。待ちわびるわくわく感を映像と音楽だけで想像させる演出だったためだ。

 深津さんの今回のCMでは、演出をめぐる議論が白熱したという。放送時期は、コロナによる緊急事態宣言やその解除と揺れ動いたタイミング。佐治さんはこんな裏話を打ち明けた。
 「実は、深津さんがマスクを着けるかどうか、撮影直前まで議論していました。せっかくなら素顔をめいっぱい見てほしいという思いもあった」
 それでも最終的にはこう決断したという。
 「コロナ禍という時代を表現するにはマスクがあった方がいい」
 完成したCMで深津さんはマスク姿で登場。車内で飲み物を飲む時を除いてマスク姿が続き、ラストでようやくマスクを外して笑顔を見せる。
 佐治さんによると、今でも社内では「俺は深津派」「私は牧瀬派」といった会話が繰り広げられているという。

 ▽会うことの価値とは
 新シリーズの制作では、現在の社会情勢にこだわった。
「会うって、特別だったんだ。」と呼びかける深津さんのCMに続き、「会いにいこう」キャンペーンを展開。2023年には賀来賢人さんが登場した。政府がコロナを5類に移行すると表明した頃だ。

 新幹線の主要な顧客はビジネス客。オンライン会議に慣れてきた状況で「出張して直接人に会うことでしか得られないことを感覚的に思い出してほしい」との思いを込めたという。富士山や橋脚、看板など、乗ったことのある人なら見覚えのある車窓の風景を次々と映し出した。
 今年2月下旬からは吉高由里子さんが登場。コロナが明け、移動制限がなくなった現在を表現するため、キャッチコピーには「いこう」という前向きな言葉を選んだ。会いに行く人だけではなく、待っている人のわくわく、そわそわした感情表現にこだわったという。

 佐治さんはCM作りを通じてこう考えている。
 シンデレラ・エクスプレス、クリスマス・エクスプレスの時代は、スマホはおろか、携帯電話やネットも普及していない。そこから30年がたち、SNSやリモート会議が普及するなど、めまぐるしく社会が変わった。それでもやはり会うのが一番。その価値は、当時も今も変わらない。
 佐治さん自身、実体験として会うことの価値をかみしめる機会があったという。奈良県の観光PR「いざいざ奈良」の企画で現地を訪れた際、県庁やバス会社の担当者との打ち合わせが終わった直後のこと。「ラッピングができたら面白いよね」。出席者がぽつりとつぶやいた。当初の打ち合わせの議題にはなかったが、一気に盛り上がり、バスのラッピング広告が決まったという。
 佐治さんは確信している。
「オンラインの打ち合わせでは実現しなかった。ネット情報や電話、写真だけではなく、現地に行くことで地元の人たちの思いも実感できる」

 ▽幅広い作品とテーマ
 JR東海がこれまで手がけたエクスプレス・キャンペーンは多種多様で、一つ一つにキャッチコピーやテーマが付けられている。「シンデレラ」の次が「クリスマス」ではなく、その間にいくつものエクスプレスシリーズもあったことを覚えている方は多くないかもしれない。最後にできるだけ紹介したい。
 シンデレラに続く第2弾は「アリスのエクスプレス」。1987年に登場し、横山めぐみさんや星野はつえさんが起用された。コピーは「距離に負けるな、好奇心」で、副題は「新幹線は時速220キロで走ります」
 第3弾は1988年から展開された「プレイバックエクスプレス」。屋敷かおりさんを起用し、テーマは学生時代の思い出をプレイバックさせるメッセージを込めた「同級生の再会」とした。
 第4弾が「ハックルベリーエクスプレス」。88、89、90年と続いた。ハックルベリーはマーク・トウェインの作品の主人公でもある、トム・ソーヤの親友。テーマは「ちびっ子の冒険心と、おじいちゃん、おばあちゃんとの再会」だった。
 そして深津さんが初めて登場したのが「ホームタウン・エクスプレス」のクリスマス編。「ココロがちょっと疲れたら、キミの町へ帰ろう。」をテーマに、「思い立ったらいつでも帰ろう」と呼びかけた。

 クリスマスシリーズの2作目が「クリスマス・エクスプレス」。89年に牧瀬さん、90年に高橋里奈さん、91年に溝淵美保さん、そして92年に吉本多香美さんが起用された。ヒロイン役として出演したことで一躍脚光を浴びた牧瀬さんは当時高校2年生だった。
 そして2000年。ミレニアムクリスマスを盛り上げようと作られたのが「クリスマスエクスプレス2000」で、2度目の深津さん、牧瀬さんに加えて星野真里さんを新たに起用した。
 第7弾は「ファイト!エクスプレス」。「新生活へのたびだち」をテーマに、コピーを「時速220キロで、あしたが始まる。」とした。
 夏の風物詩だったハックルベリーの主人公を女の子に変えたのが91年に登場した「マイコのエクスプレス」だ。大野セーラさんを起用し、闘牛編、ラーメン編、すいか割り編、すいか種とり編の4パターンも続編として誕生した。
 92年、「のぞみ」の誕生を印象づけたのはやはりシンデレラだった。5年ぶりの復活で、再び横山さんを起用。最終の東京発新大阪行きが18分遅くなり、恋人たちが一緒に過ごせる時間が長くなったこともアピールした。

【動画はこちら】「ガラスの靴、輝き今も 新幹線の広告でシンボルに」