「家族がたった1週間で退院させられ、自宅での介護を余儀なくされた」という経験がある人もいるだろう。実際に2000年代以降、入院は大幅に短期化しているという。どういった背景があるのか。ニッセイ基礎研究所の篠原拓也氏に、公的なデータなどから読み解いてもらった。

▽入院医療費は16兆円

 医療の主要な部分を占める「入院」。病気になったばかりの「急性期」の患者や、重篤な症状の患者の医療を行う場合、さまざまな診療を効率的に行うため入院が前提となる。入院医療の質が、退院後の患者の回復や社会復帰を左右するといっても過言ではない。

 

 入院医療が国民の医療費に占める比重は大きい。厚生労働省のまとめでは、2017年度の医療費43.1兆円のうち、入院医療費は16.2兆円と、4割近くを占める。

 

 そうはいっても、「最近長く入院させてもらえなくなった」と感じる人もいるのではないだろうか。各種のデータから、その実態と理由を検証してみたい。

 

▽「短期化」は真実か

 まず、日本国内の入院患者の動向を見てみよう。

 

 患者の入院日数の総計は、

 

(1) 入院患者が新たにどれだけ発生するか

 

(2)入院患者が何日入院するか

 

の2つの要素に分解できる。

 

 これらは「患者調査」(厚生労働省)を参照するとわかる。

 

 (1)の新入院(患者調査を実施した日に新たに入院した患者の数)は、今も徐々に増加している。17年の新入院は人口10万人当たり44人。02年の36人から大きく増加した。高齢化が要因ではないかと筆者はみている。

 

 一方、(2)の入院から退院までの平均在院期間は短期化している。退院した患者の平均在院日数は、02年の37.9日から、17年には29.3日まで減った。

 

 これは、繰越入院(調査日以前から引き続き入院している患者)の大幅な減少にもつながる。17年の繰越入院は10万人当たり992人。直近のピークである05年から100人以上減ったことになる。

 

 新入院と繰越入院の合計、つまり調査日時点で入院している患者数も、05年の10万人当たり1145人から17年の1036人まで、こちらも100人以上減少した。

 それでも、日本の平均在院期間は世界の国々の中でも突出している。これはOECDの入院患者の平均入院日数に関する統計をみると歴然だ。厚労省の患者調査とは算定方法がやや異なるものの、日本は2位以下の国を大きく引き離している。高齢化が進む中「なかなか退院できない」患者が未だ多いのも事実だろう。

▽短期化の構造

 日数は世界で突出しているとはいえ、徐々に短期化している。その構造はどうなっているのか。

 

 2002〜17年のデータでは、男女とも、高齢になればなるほど平均在院(入院)日数は長くなる傾向がある。

 

 44歳以下の若年・中年層では男性、75歳以上の高齢者層では女性のほうが長い。これは、女性のほうが男性よりも平均寿命も健康寿命も長いため、といえそうだ。全年齢の平均でも、女性のほうが在院日数は長い。

 

 性別・年齢ごとに詳細に分析してみたい。男性は各年齢層とも、日数は減少傾向にある。特に減少幅が大きいのは、45―54歳、55―64歳、65―74歳の中高齢層だ。

 

 女性は全年齢の平均では男性より減少幅が小さい。しかし、65―74歳、85歳以上の高齢層で大きく減少している。特に、85歳以上の「超高齢」の女性は短期化が顕著だ。高齢化で、この傾向は今後も続くとみられる。

 

▽収益性低い入院医療

 短期化の背景には何があるのだろうか。

 

 厚生労働省の第22回医療経済実態調査(19年11月発表)によると、民間の医療法人が運営する病院の18年度の利益率(損益の差額)は2.8%。前年度より0.2ポイント改善したものの、近年は1〜2%台という「ギリギリ」の経営が続く。

 

 一方、入院診療収益のない医療法人の診療所の利益率は6.3%、個人経営の診療所にいたっては30.4%という高水準だ。つまり、入院医療は他の医療に比べて、収益性が低いのだ。病院にとって入院医療の収益性向上が長年の課題となっている。

 

 入院の短期化の背景には、「入院基本料」をはじめとした入院による収益を安定的に確保し、経営状態を改善させようという病院側の狙いがありそうだ。診療報酬制度で、入院医療費は、医療施設の体制を評価し算定される入院基本料に、入院環境の整備状況などに応じ、さまざまな加算が上乗せされて設定されるためだ。

 

▽入院の短期化が、経営維持につながる理由

 病院側が意識しそうな要素に、診療報酬制度の(1)「平均在院日数要件」と、(2)「初期加算」がある。

 

(1)平均在院日数要件

 患者と看護職員の人数をもとに設定される入院基本料は、病院の病棟や診療所などによって異なる。

 

 現在、病院の一般病棟のケースでは、入院1日当たりの基本料は、7人の患者に対して1人の看護職員が配置されている場合は1万5910円。患者が10人になると1万3320円、13人だと1万1210円だ。15人では9600円となる(公的医療保険が適用される場合、患者の自己負担額はこの金額より少なくなる)。

 

 ただし、この基本料の設定には、その病棟に入院する患者の平均在院日数に要件が設けられている。患者7人に1人の看護職員がいる場合、患者を平均18日以内に退院させなければ基本料は減額される。

 

 患者が10人になると21日以内、13人では24日以内、15人で60日以内。病院側は前述の基本料を確保するために、この要件を強く意識するようだ。

 

 (2) 初期加算

 病院の一般病棟などでは、入院から間もない患者については、基本料などに「初期加算」が上乗せされる。一般病棟の場合、加算額は、1〜14日は1日当たり4500円。15〜30日は1920円。31日以降は加算されなくなる仕組みだ。病院側は、加算額を得るため、日数を意識せざるを得ないようだ。2017年の患者調査では、退院した患者の7割は14日以内に退院していた。

 

▽高齢化が進むと在院期間は「下げ止まり」?

 次に病気の種類ごとに、短期化の現状や見通しを分析してみたい。

 

 平均在院期間が50日を超えている病気では、「精神及び行動の障害」や「脳血管疾患」はゆるやかながらも短期化が進んでいる。アルツハイマー病の在院日数は、多少の上下動はあるものの、ほぼ横ばいで推移している。

 

 今後、高齢化が進み認知症患者が増加していけば、全体の平均在院期間に影響を与える可能性も否定できない。

 

  平均在院期間が50日以下の主な病気は、おおむね短期化の傾向にある、といえる。

 

 特に、悪性新生物(がん)については02年からの15年間で、大幅に短期化している。診断技術の向上によるがんの早期発見や、内視鏡手術、抗がん剤などの効果的な治療法の導入が、入院の短期化につながっていると考えられる。

 

 比較的高齢者に多い消化器系の病気や、糖尿病、関節症などの病気も、短期化傾向にはある。ただし下げ幅は緩やかで、17年調査の時点でも在院期間が30日を超えている。

 

高齢化でこれらの病気の患者の数が増えると、いずれ短期化が「下げ止まり」を迎えるかもしれない。

 

▽退院した患者の行き先は?

 そうはいっても、現時点では入院の短期化が続いているのは事実だ。そして、患者が退院するためには、「受け皿」の確保が重要となる。

 

 「老老介護」が大きな問題になっていることからもわかるように、高齢患者の退院後、家族が家庭でケアするという従来のやり方には限界がある。退院後の受け皿が不十分な中で、病院が入院期間を縮めるのは難しい。

 

 退院した患者の行き先についてみてみよう。図表6を見るとわかるように、8割を超える退院患者が家庭に戻っているが、その割合が少しずつ低下、施設に入所するケースは徐々に増えている。

 

 

▽地域によってまちまちな構想

 現在、進められている国や自治体の地域医療構想では、介護施設を充実させて入所を促す「医療から介護へ」の流れが目指すべき方向性の一つとされていることも背景にある。

 

 しかし、介護施設の充実のためには、用地の選定・建物の建設だけでなく、介護職員体制の整備、補助金を含む財源確保など、課題が山積している。地域ごとに事情が異なるため、それぞれの自治体で検討を進めていかなければならないものの、進み具合はまちまちなのが実情だ。

 

 入院を短期化できるかどうかは、地域医療構想の実現にも密接にかかわっているといえる。

(ニッセイ基礎研究所主席研究員=篠原拓也)

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