海外渡航禁止の保釈条件に反し、レバノンへ逃亡した前日産自動車会長のカルロス・ゴーン被告(65)=金融商品取引法違反などの罪で起訴、公判前整理手続き中。米国の代理人を通じて出した声明では、日本の刑事司法制度について「有罪が前提で、差別がはびこり、基本的人権が否定されている」「国際法や条約に基づく日本の法的義務を著しく無視するものでもある」と批判している。日本のどのような制度に憤り、国際法や条約に反していると言っているのだろうか。これまでの経過と彼や弁護人の主張などから考察してみよう。(共同通信編集委員=竹田昌弘) 

■逮捕4回、東京拘置所に130日 

 ゴーン前会長は2018年11月19日夕、プライベートジェットで羽田空港に到着直後、待っていた東京地検特捜部の係官に連行され、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の疑いで逮捕された。その後、逮捕は事業年度が異なる同容疑で1回、会社法違反(特別背任)の疑いで2回の計4回に上った。4回目となった19年4月4日の逮捕は、前会長が同月11日に記者会見を開くとツイッターで告知した翌日だった。 

 前会長は8事業年度の有価証券報告書虚偽記載と3件の特別背任で起訴され、逮捕・勾留で東京拘置所に収容された期間は計130日に及んだ。3回目の請求で、19年3月6日に保釈されたが、約1カ月後に4回目の逮捕があり、再び勾留され、4月25日に2回目の保釈となった。保釈保証金は1回目が10億円、2回目は5億円。今回の逃亡により、計15億円が没取される(没取は物や金銭の所有権を国が奪い、国庫へ移す処分で、犯罪に関係する物の所有権を奪い、国庫に帰属させる刑罰の没収と区別されている)。

  弁護人によると、保釈には、東京地裁が①前会長は指定された場所に居住し、居住先の玄関には監視カメラを設置する、②海外渡航は禁止する、③弁護人から提供された携帯電話1台のみを使用する、④パソコンは平日午前9時〜午後5時、弁護人の事務所だけで使用できる、⑤面会した相手の氏名、日時、場所を記録する、⑥①の監視カメラ映像、③の通話履歴、④のインターネット接続記録、⑤の面会記録は裁判所へ提出する―などの条件を付けた。これらに加え、2回目の保釈では、裁判所の許可なく、妻のキャロルさんと接触することも禁じられた。

 ■「公正な裁判が期待できない」、妻との接触禁止は「刑罰」

 弁護人の高野隆弁護士が1月4日に公表したブログによると、ゴーン前会長は勾留されていた頃から「公正な裁判(a fair trial)は期待できるのだろうか」と何度も同じ質問をしていた。高野氏はその問いに答え、前会長と次のようなやりとり(要旨)をしたという。 

 高野氏 この国では、被告にとって公正な裁判など期待することはできない。裁判官は独立した司法官ではない。官僚組織の一部だ。日本のメディアは検察庁の広報機関で、多くの日本人はそのことに気がついていない。あなたも日本の司法の実態について何も知らなかったでしょう。

 前会長 考えもしなかった。

 高野氏 逮捕されたら、すぐに保釈金を積んで釈放されると思っていた?

 前会長 もちろん、そうだ。

 高野氏 欧米では、それが当たり前だ。20日間も拘束されるなんて、テロリストぐらいでしょう。でもこの国は違う。テロリストも盗人も政治家もカリスマ経営者も、みんな逮捕されたら(20日間勾留されて)毎日5時間も6時間も、ときには夜通しで、弁護人の立ち会いもなしに尋問を受け続ける。罪を自白しなかったら、延々と勾留され続ける。誰もその実態を知らない。みんな日本は人権が保障された文明国だと思い込んでいる。

 前会長 公正な裁判は期待できないな。

 高野氏 期待できないが、無罪判決の可能性は大いにある。有罪の証拠は薄く、検察が無理して訴追したことは明らかだ。われわれは他の弁護士の何倍も無罪判決を獲得している。(同じ弁護人の)弘中(惇一郎)さんも、河津(博史)さんも、著名なホワイト・カラー・クライムの裁判で無罪を獲得している。だから信頼してほしい。必ず結果を出してみせる。 

 前会長は納得したように見えたが、検察側の証拠開示が進まない上、証拠の一部を削除したり、開示の方法に細々とした制限を課したりする検察や起訴自体が違法だとする弁護人の主張に関する審理を後回しにしようとする裁判所、公判日程がいつまでも決まらないことなどに苛立っていた。とりわけ、妻との接触禁止には「これは刑罰じゃないか。一体いつになったらノーマルな家族生活を送ることができるのだ」と絶望していたという。

 ■「裏切ったのはゴーンではない」と弁護人 

 高野氏は「大晦日の朝、私はニュースで彼がレバノンに向けて密出国したことを知った。まず激しい怒りの感情がこみ上げた。裏切られたという思いである。しかし、彼がこの国の司法によって扱われてきたことを思い返すと、怒りの感情は別の方向へ向かった。彼がこの1年あまりの間に見てきた日本の司法とそれを取り巻く環境を考えると、この密出国を『暴挙』『裏切り』『犯罪』と言って全否定することはできない。確かに私は裏切られた。しかし、裏切ったのはカルロス・ゴーンではない」とブログに記している。 

 ゴーン前会長が最初の逮捕以降、自らの見解を明らかにしたのは、19年1月8日の勾留理由開示手続きと4月9日のビデオメッセージ。開示手続きの意見陳述では、有価証券報告書虚偽記載と特別背任の容疑内容に詳細に反論し「私にかけられている容疑は無実です。常に誠実に行動し、数十年のキャリアで不正行為により追及されたことは一度もない。確証も根拠もなく容疑をかけられ、不当に勾留されている」と訴えた。

  ビデオメッセージでは「これは事件ではなく、陰謀、謀略、中傷です。(日産自動車とルノーが)合併に向けて進むことが、ある人たちに確かな脅威を与え、恐れたのです」「私が最も強く望むことは、公正な裁判を受けることです」などと述べていた。 

 逃亡後の声明には、レバノンへの逃亡で「不正な日本の司法制度の人質ではなくなる」との言葉があるので、前会長は可能な限り長く勾留し、自白を引き出そうとする日本の「人質司法」を嫌気するとともに、この国では、公正な裁判は期待できないと考えたとみられる。さらに検察の証拠開示などに時間がかかり、公判日程も決まらないので、妻との接触禁止がいつまで続くか見通すこともできず、逃亡するしかないと決意したのかもしれない。 

■世界人権宣言や自由権規約に反する という趣旨か

 こうした一連の経緯を踏まえ、ゴーン前会長が言う、日本が無視している国際法や条約を考えてみると、まず「世界人権宣言」とその規定を一歩前進させ、法的に拘束力のある条約とした「市民的、政治的権利に関する国際規約」(自由権規約または国際人権B規約)が挙げられよう。  

 国連広報センターのホームページ(HP)によると、世界人権宣言は国連創設3年後の1948年12月10日、国連総会で採択された(日本は当時連合国軍の占領下で、国連に加盟していない)。全ての国の全ての人が享受すべき基本的な市民的、文化的、経済的、政治的、社会的権利を詳細に規定し「現代人権法の柱石」「国際慣習法の重みを持つもの」と位置づけられている。日本外務省のHPによると、自由権規約は日本加盟後の国連総会で、66年12月に採択され、日本は79年6月に批准している。 

 世界人権宣言の第9条は「何人も、ほしいままに逮捕、拘禁、または追放されることはない」と定め、それを発展させた自由権規約の第9条は「全ての者は、身体の自由および安全についての権利を有する。何人も、恣意(しい)的に逮捕され、または抑留(逮捕に続く身柄拘束)されない。何人も、法律で定める理由および手続きによらない限り、その自由を奪われない」となっている。 

 日本の刑事訴訟法では、検察官が罪を犯したと疑う相当な理由(犯罪の嫌疑)があるとして、容疑者の逮捕状を請求し、犯罪の嫌疑があると裁判官が認め、逮捕状を発付した場合、容疑者の身柄を48時間(2日間)拘束できる。検察官がその間に勾留を請求し、裁判官が罪証(犯罪の証拠)隠滅や逃亡のおそれがあると判断した場合、10日間の拘束を認める。検察官の請求により、やむを得ないときは、裁判官はさらに最大10日間勾留を延長できる(警察官が逮捕した場合、その後の48時間の拘束中に送検し、検察官が勾留請求するかどうかを決める24時間が加わるので、拘束期間は最大23日となる)。起訴前の容疑者に保釈の制度はない。起訴後は保釈されたり、勾留が取り消されたりしない限り、勾留されたまま公判に入る(起訴後の勾留は裁判所が職権で行う)。

 前会長は4回にわたって逮捕され、勾留が続いた。1回目と2回目の逮捕は、年20億円前後の報酬を取り決めながら、有価証券報告書には、実際に受け取った約半分しか記載しなかったという金融商品取引法違反容疑。事業年度を5年分と3年分に分けて2回逮捕したが、2回目の逮捕では、東京地裁が「事業年度の連続する一連の事案」として勾留延長を認めなかった。

 一方、2019年4月21日に公開された高野氏のブログによると、前会長は4回目の逮捕後の同月5〜21日、供述拒否の意思を伝えたにもかかわらず、週末も休むことなく、17日連続で平均4時間の取り調べを強いられた。午後10時まで続いた日もある。前会長は「恣意的」にも見える逮捕容疑や長期勾留による「人質司法」の仕組みを、世界人権宣言と自由権規約の第9条に反すると考えたのかもしれない。 

■「裁判所の前に平等」も無罪推定も絵に描いた餅か 

 自由権規約の第9条3項では、容疑者・被告の「妥当な期間内に裁判を受ける権利」「釈放(保釈)される権利」のほか「裁判に付される者を抑留することが原則であってはならない」と規定している。第10条には「自由を奪われた全ての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して取り扱われる」とある。起訴前の保釈は認められず、ゴーン前会長は起訴後の保釈請求も2回退けられ、勾留が130日に及んだ。最初の逮捕から1年以上たっても公判日程は決まらず、日本は自由権規約に反していると見えたのだろう。 

 自由権規約の第14条1項は、全ての者は「裁判所の前に平等とする」「独立の、かつ、公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利を有する」と定め、2項では「法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する」と世界人権宣言の第11条1項から無罪推定の原則を引き継いでいる。 

 前会長の事件では、東京地裁は1回を除き、特捜部の請求通り逮捕と勾留を認めた。また特捜部が公判前整理手続きで、日産から押収するなどしたパソコンやハードディスクなどの電子媒体から抽出した電子データを公判に証拠提出すると表明したので、弁護人が電子媒体の証拠開示を求めたところ、特捜部は日産から要請されたとして、電子媒体の一部削除を始めた。そこで弁護人は電子媒体を差し押さえて証拠を保全するよう裁判所に求めたが、裁判所は必要性がないとして応じなかった。 

 前会長は裁判所のこうした姿勢を見て「裁判所の前に平等」ではなく、独立した公平な裁判所での審理は期待できないとの思いを強めたのではなかろうか。無罪推定の原則も、自由権規約第14条3項の「自己に不利益な供述または有罪の自白を強要されない」との条項も、長期勾留と取り調べが合法的に続く国では、絵に描いた餅に見えたのだろう。 

 自由権規約第17条には、世界人権宣言第12条と同趣旨の「何人も、その私生活、家族、住居もしくは通信に対して恣意的に、もしくは不法に干渉され、または名誉および信用を不法に攻撃されない」という規定がある。妻との接触禁止を巡り、弁護人はこの自由権規約第17条と条約の順守を定める日本国憲法第98条2項に反するとして、接触禁止の取り消しを求めて最高裁まで争ったが、取り消されることはなかった。前会長はこれで絶望したのではないか。 

■弁護人の取り調べ立ち会い否定し続ける日本政府 

 日本外務省のHPによると、自由権規約に基づき、その順守状況を監視する国連の自由権規約委員会は1998年と2008年、2014年の総括所見で、日本政府に対し▽弁護人の取り調べ立ち会い、▽取り調べ全過程の録画、▽取り調べ時間を制限する立法措置、▽捜査機関が収集した全証拠を弁護人に開示すること、▽起訴前の保釈制度創設、▽裁判官や検察官に対し、自由権規約の規定に習熟させるためのセミナー開催―などを勧告してきた。 

 このうち弁護人の取り調べ立ち会いは、日弁連が18年4月に公表した「弁護人を取り調べに立ち会わせる権利の明定を求める意見書」によると、米国や欧州連合(EU)各国、韓国、台湾などでは、容疑者・被告の権利として確立しているという。ゴーン前会長の常識からすれば、取り調べに弁護人が立ち会うのは当然であり、特捜部の取り調べは非常識に思えたのではないか。欧米のメディアによる前会長逮捕などの報道でも、弁護人が取り調べに立ち会えないことを、驚きを持って伝えていた。 

 日本政府は捜査機関の取り調べについて「(日本では)諸外国で認められているような司法取引や会話の傍受等の強力な証拠収集手段がほとんど認められていないことなどから、被疑者(容疑者)の取り調べは、事案の真相を解明するため最も重要な捜査手法となっており、極めて重要な役割を果たしている」(06年12月の第5回報告に関する自由権規約委員会の事前質問に対する回答)と説明。弁護人の取り調べ立ち会いは「取り調べの在り方を根本的に変質させ、その機能を大幅に損なうおそれが大きい」(14年の総括所見に対する政府コメント)などとして、否定的な対応を続けている。

 ただ改正刑事訴訟法により、司法取引が導入され、通信傍受の対象犯罪も拡大されたことなどから、取り調べの役割は変化しているとみられる。 前会長事件でも、特捜部は証拠となる供述と資料を提供した日産の執行役員らを免責する司法取引を行っている。

■拷問禁止委員会も取り調べの改善求める 

 自由権規約のほか、1984年の国連総会で採択され、日本は99年に批准した拷問等禁止条約にも「拷問に当たる行為が行われることを防止するため、立法上、行政上、司法上その他の効果的な措置をとる」(第2条1項)などの条項がある。同条約に基づく国連の拷問禁止委員会は2013年の総括所見で、日本政府に対し、取り調べ時間の制限や取り調べ全過程の録画、自白中心の捜査手法を改善することなどを求めている。 

 同年5月22日の拷問禁止委員会による対日審査では、委員から出た「日本の刑事司法は自白に頼りすぎ、中世のようだ」との指摘に対し、日本の上田秀明・人権人道担当大使(当時)が「日本の人権状況は先進的だ。中世のようではない」と反論。場内から笑いが起きると、上田大使は「何がおかしい。黙れ(シャラップ)」と大声を張り上げた。「シャラップ」は公の場では非礼な表現なので、各国で報道された。ゴーン前会長は拷問禁止条約についても知っていた可能性があり、声明の「国際法や条約」には、拷問禁止条約も含まれているかもしれない。 

■法相と地検「逃亡が正当化される余地ない」 

 ゴーン前会長の逃亡と声明に対し、森雅子法相は1月5日、コメントを発表し「わが国の刑事司法制度は、個人の基本的人権を保障しつつ、事案の真相を明らかにするために適正な手続きを定めて適正に運用されており、保釈中の被告の逃亡が正当化される余地はない」と指摘した。 

 同日、斎藤隆博・東京地検次席検事もコメントを公表。特捜部が勾留を求めたのは、前会長が豊富な資金力と多数の海外拠点を持ち、逃亡が容易だったことや国内外に大きな影響力を持ち、罪証隠滅の現実的なおそれがあったことからやむを得なかったと説明した。保釈後、前会長の権利は十分に保障されていたとして、逃亡は「自らの犯罪に対する刑罰から逃れようとしたというにすぎず、行為が正当化される余地はない」と批判した。 

 法相らのコメント通り、前会長の逃亡が正当化されることはない。とはいえ、前会長の声明などで「人質司法」と呼ばれる日本の刑事司法が国連の委員会から国際法や条約に反すると何度も指摘されてきたことや、それにもかかわらず、グローバルスタンダードとも言える弁護人の取り調べ立ち会いさえ実現していないことなどは広く知られたのではないか。