第61次南極観測隊が最も力を入れているのは、将来の融解が懸念される東南極の「トッテン氷河」観測だ。観測隊の責任者である国立極地研究所の田村岳史(たけし)准教授(40)は「簡単に言うと、人類を救う研究」だと説明する。文明圏から遠く離れた南極の氷の研究がなぜ?

 ▽海水面は10年で3センチ上昇

 極域海洋学を専門とする田村さんによると、地球の海水面は近年、上昇を続けている。おおまかにいうと年に3ミリ、10年で3センチ上がった。代表的な温室効果ガスである二酸化炭素の増加に伴い、海水温が上がり、それによって海水が膨らんだことが主な要因だ。

 南極の氷が解けた影響は、今のところ全体から見ればほんのわずかだという。しかし、将来について考えるとそうはいかないようだ。

 田村さんは説明する。「海水膨張で海水面が上昇するポテンシャルはいいとこ数十センチ。それに対し、南極の氷が全部解けたら60メートル。潜在力としては、南極の氷はほかの要因を圧倒している」。

 仮にトッテン氷河が全て解けてしまうと、それだけで海水面は4メートルも上昇すると言われている。そのため「精度の高い海面水位変動の予測データが人類の生存に必要だ」と田村さんは言う。

 ▽氷河を解かすのは空気? 水?

 南極は1年を通じて気温が低い。だから、気温が少し上がっても氷が解けることはない。気温が上がって表面から解けると考えるかもしれないが、話はそんなに単純ではない。

 実は、海上に張り出した氷河の末端部分の下に比較的暖かい水が入り込み、そこから解けていると考えられるのだという。解け始めた氷の下にさらに暖かい水が入り、融解が止まらなくなる「臨界点」を超えてしまう―。こんなことが心配されている。

 将来を予測するには、まず今、どうなっているかを知る必要がある。田村さんによると、分かっている事実は二つだ。ひとつは、人工衛星の重力計のデータからトッテン氷河の質量は減っているということ。もうひとつはトッテン氷河の前面には暖かい海水が流入していること。

 暖かい海水が氷河を解かす詳しい仕組みはまだ分かっていない。それを明らかにするために、現地に行ってデータを取る、というのが第61次隊の狙いだ。

 では、なぜ南極の氷床の中で、トッテン氷河を選んだのだろうか。

 これまで南極氷床の観測は、各国の基地が集まる南極西側地域での観測が充実していた。一方で、トッテン氷河を含む東側は手薄だった。田村さんは「世界中の研究者がトッテン氷河を研究しないといけないと思っても、すぐには方向転換できない」と話す。

 その上、トッテン氷河付近は海氷が船の接近を妨げていてそう簡単には近づけない。高い砕氷能力を持つ日本の南極観測船「しらせ」でないと難しい。だから、そこを世界に先駆けて観測しようという意欲的な研究なのだ。

 ▽海の天気図

 第61次隊は、2019年12月11〜20日、トッテン氷河周辺を集中的に観測した。「CTD」と呼ばれる観測機器を21カ所で一定の深さまで海につり下げ、水温や塩分を連続的に測った。

 使い捨て式の「AXCTD」や「AXBT」という機器もヘリコプターから投下し、こちらでも計測、約70本からデータを取ることに成功した。投下するだけではなく、海底に設置して一定期間こうしたデータを取り続ける「係留系」による観測も2カ所で始めた。

 さらに、ヘリコプターでトッテン氷河に着陸し、氷の厚さを継続して測るセンサーも設置した。トッテン氷河上に観測機器を直接置くのは日本の観測隊としては初めてだ。

 これらのデータに海底地形も加味し、いわば海中の「天気図」を描く。これによって、暖かい水がどこから来ているのかを探る。

 しらせは現在、南極・昭和基地へ「接岸」した。2月以降、基地から戻る際にも同様の観測をする予定だ。

 「孫の世代は大丈夫なのか。悠長なことは言っていられない。最終的には10年後、100年後にどうなっているか予測をしたい」。田村さんはそう意気込んでいる。(共同通信=川村敦、気象予報士)

観測隊の活動|南極観測のホームページ|国立極地研究所

https://www.nipr.ac.jp/jare/activity/