「お年寄りを元気にしなければ医療が崩壊する」。四国の南端に位置する人口1万3千人の高知県土佐清水市。中心的な医療機関「渭南(いなん)病院」の溝渕敏水院長(50)は介護、福祉、配食サービスなど異業種と連携し、高齢者が医者にかからないように町ぐるみでサポートしている。病院の収入に直結しない予防的取り組みを推奨するのはなぜか。溝渕医師に聞いた。(共同通信=浜谷栄彦・文、小笠原学・写真)

 ▽介護予防は病院の役目

 ―土佐清水市の現状は。

 「僕が故郷の土佐清水市に戻ってきた2002年、人口は約1万9千人いた。平均年齢は今より低く、ほとんどの人が先進的な医療を提供できる病院に車で通っていた。ただ、ここ5年ぐらいの間に自力で移動できない人が増えた。医療・介護関係者や生活支援者がお年寄りの自宅に出向いて健康状態をチェックするなど、在宅診療の必要性が高まっている」

 ―市内にあるさまざまな事業者との連携強化を提唱している。

 「市民が暮らすには医療が要る。人口が減ると病院は経営できない。お互いウィンウィンになるには、地域が持続する必要がある。

 高齢者が元気でいるために食べることは欠かせない。食品事業者らと協力してお年寄りが口にしやすい食品を提供している。いつまでもおいしく食べてもらうことで免疫力と体力を保ち、介護予防に務めるのが僕たちの役目だ」

 ▽家は病床、道路は病院の廊下

 ―事業者との連携はうまくできているか。

 「小さい町なので、学校の先輩後輩など昔から互いに知っている人ばかり。コミュニケーションは取りやすい。民生委員や区長が異変に気付くと、地域包括支援センターや当院に情報が届く。ただ急性期病床はわずか20床しかない。だから、町全体を病院と考えている。

 家が病床で道路は病院の廊下。高齢者が病院に通えないなら、私たちが行けばいい。医療機器は進歩しており、今や在宅医療にできないことはほとんどない。超音波検査、レントゲン、酸素吸入、24時間持続点滴などの医療機器が使えるほか、おなかにたまった水を抜くこともできる。病院と違うのは常に看護師がいるかどうかだけ。独り暮らしでなければ家族がいる」

 ―健康対策という病院収入に直結しない取り組みを推奨し、予防医療を重視している。

 「高齢者の予防医療・未病対策は、介護状態にならないために極めて重要。低栄養を防ぎ、体を動かし、人と交流する。住民同士が助け合って見守ることで病気を予防できる。医療費と介護費の抑制にもつながる。医療保険制度を細く長く維持する方法はこれしかない。

 医療機関で診療を受けると、国民健康保険の場合、個人負担で3割、残り7割は国費で確実に病院に入ってくる。だから自分はほぼ国家公務員だと思って厚生労働省の事業に参画し、地域住民の健康寿命を延ばすことに努めている。高齢者がいつまでも社会参加し、地域経済の主体でいられるように健康長寿を支える病院でありたい」

 ▽地域医療続けるには、医師の領域外の事業も

 

―ほぼ国家公務員だとすると、医師は公僕であるべきか。

 「公僕とまでは言わない。ただ、土佐清水市のような人口減少と高齢化が著しい自治体の民間病院は、人口がこれ以上減ると経営に窮する。だから私は医療だけに従事していれば安定した生活が営めると思っていない。

 どうしたら人口を増やせるのか、ヘルスケアのような新しい産業を創出し、県外から若い世代の移住定住を促進できないか。医福食農連携により第一次産業を活性化して就農人口を増やせないか。

 私は公僕ではないが、この地域で医療を続けるには、医師の領域を超えた事業を手掛ける必要を感じている。13年に『一般社団法人在宅栄養ケア推進基金』を創設し、〝食を通じた地域経済活性化〟に取り組んでいる」

 ▽地域内の連携で在宅医療の推進を

 ―医療が介護予防に積極的にかかわる時代が到来した。

 「11年ごろ、複数の医療機関の医師に、高齢者の低栄養を防いで医療費を抑えるための事業を発表した。当時は抵抗感を示す人もいたが、公的保険制度の維持が危ぶまれるようになった最近は、ほとんどの医療機関が賛同するようになった。

 これからの地域医療は、病院だけが担うのではなく、農水畜産業から商店主たちまでとの連携によって、地域経済を元気にする仕組みづくりが必要だ。その結果、地域が存続し、医者の疲弊も軽減される」

 ―溝渕さんが描く地域のビジョンは。

 「人口を増やしたい。若い人を呼ぶために高齢者が元気でいてほしい。土佐清水市の市民でよさこい祭りのチームをつくり、大会に出た。地域を知ってもらいたいから。ここに来てもらえると、気候の良さや食べ物のおいしさに気付く。

 本当はまちづくりがしたい。土地のおいしいものを発信し、ここでしか食べられない特産品を提供する企画をしたい。残念なことに土佐清水市の青年会議所は19年の夏祭りの後になくなってしまったが、今ならぎりぎり地域をもり立てることはできる」

 ―日本の医療が抱える問題点は。

 「医師の偏在を解消するために、国が医師の赴任先に関して一定の権限を持つべきだ。例えば高知大出身の医師なら卒業後最低5年は県内にとどまるようにするなど。医局制度が残っていた時代は、良い悪いは別にして教授の指示で勤務先が決まっていた。それが東西300キロに及ぶ高知県の医療を支えてきた。教授の権限がなくなった今、国が一定の権限を持ち、地域医療の維持存続に努めてほしい」  

 ―制限をかけないと医療保険は崩壊するのか。

 「その危機感は持っている。皆さん、医療保険制度はあって当たり前と思っている。制度を守るために、僕らが提唱している在宅診療を真剣に進めないといけない。地域を保つインフラの一つが医療。それを健全化することが地域の存続につながる」

  ×  ×  ×

溝渕敏水氏(みぞぶち・としみ) 1969年10月6日生まれ、高知県土佐清水市出身。東京慈恵医科大卒。東京都立駒込病院、須崎くろしお病院(高知県須崎市)などで外科医として勤務。2002年に渭南病院に転じ、13年から院長。大学では学業の傍ら、ラグビーに打ち込んだ。ポジションはスクラムハーフ。渭南病院の前身は祖父清三郎氏が開業した「溝渕医院」。