性的少数者を表す「LGBTQ」のうち、「T」は「トランスジェンダー」を指す。出生時の性とは異なる性別を自認する人だ。例えば、自分では「男性」だと認識しているのに、生まれた時に割り当てられた性別が「女性」になっている。このため、性別を変更したいと望む人は多いが、日本の法制度のハードルが高いためになかなか認められず、当事者は苦しんでいる。11月20日は、当事者の尊厳や権利について考える「トランスジェンダー追悼の日」。米国で当事者が殺害された事件に由来し、各国でイベントなどが行われる日として定着してきている。当事者が具体的にどういったことに悩んでいるのか、紹介したい。(共同通信=若林美幸)

 

 ▽「世界で1人だと思っていた」
 10月、東京・永田町の参院議員会館では、トランスジェンダーの人を取り巻く課題や、法整備の必要性を考える集会「トランスジェンダー国会」が開かれ、ある参加者が自分の半生を振り返り、こう発言した。
 「4歳の時には、自分の性別について諦めの気持ちがあった。小学校では赤いランドセルに戸惑い、中学校ではセーラー服に苦しんで生きてきた」
 現在は男性として生きるトランスジェンダー、鈴木げんさん(47)=静岡県浜松市=だ。
 「こんな変な性別は世界中で自分1人だと、本気で思っていた。誰にも言ってはいけないとも思っていた」
 自分の性自認と向き合えるようになったのは、40歳になってからだという。地元に同じ思いをしている仲間がいることを知り、情報を集めて東京の専門医へ通った。ホルモン治療を受け、乳房も摘出した。現在の外見は男性そのものだ。戸籍名も現在の「鈴木げん」に改名した。

 ▽生殖機能をなくすことが条件
 トランスジェンダーの人たちを苦しめていることの一つに、性別変更のハードルの高さが挙げられる。日本では2004年に「性同一性障害特例法」が施行され、戸籍上の性別を変更できるようになった。ただし、結婚していないこと、未成年の子どもがいないことのほか、生殖腺や生殖機能がないことなどが条件となっている。つまり、性別変更が認められるためには、精巣や卵巣、子宮を摘出して生殖機能をなくす「性別適合手術」を受ける必要があるのだ。
 精巣や卵巣の摘出は、体に大きな負担がかかる。それでも特例法施行後、1万人以上が手術を受けて戸籍上の性別を変更した。
 一方で、施行から時間がたつにつれ、手術要件の撤廃を求める声が大きくなっている。体だけではなく、精神的にも金銭的にも、多くの面で当事者の負担が重いためだ。
 鈴木さんも卵巣の摘出手術は受けていない。「ホルモン治療を始めたばかりの頃は、『男として生きたいのであれば卵巣を取りなさい』と法律が決めているから、従うしかないと思っていた」。だが、ホルモン治療などで見た目は男性らしくなり、現状で満足している。
 「卵巣摘出手術は自分には必要ない。僕が男として扱われることも、体の負担を考えて手術するかしないか決めることも、大切な人権の問題で、本来自分で決められるはずだ」。こう考え、手術なしで戸籍の性別変更を認めるよう、静岡家裁浜松支部に申し立てている。

 

 ▽海外では手術不要の国も
 国際的な動きもある。今年1月に施行された世界保健機関(WHO)の国際疾病分類では、性同一性障害が「精神疾患」の分類から外れ、「性別不合」として性の健康に関する状態に分類された。病気ではないと明示されたことを意味し、トランスジェンダーの捉え方は徐々に変化してきていると言える。
 前述のトランスジェンダー国会で国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」日本代表の土井香苗弁護士は、スイスなど理解が進んでいる国では性別変更に手術要件はないと紹介。会場からも「国際的な人権基準にのっとった法整備が急務だ」との声が上がった。
 人権問題に詳しい静岡大の笹沼弘志教授は、前述の「トランスジェンダー国会」に登壇して次のように指摘している。「トランスジェンダーは特権を要求しているのではない。シスジェンダー(生まれたときの性と性自認が一致している人)が多数派だから特権を握り、ノーマルだと思うものを全体のルールとしているだけだ。平等に幸福を追求する権利は、誰にでもあるはずだ」

 

 ▽10代のLGBTQ半数が「自殺考えた」
 トランスジェンダーに対しては根強い差別も残る。ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、米国では毎年数十人のペースでトランスジェンダーが殺害されている。日本国内でも学校でいじめを受けたり、就職活動の際に当事者だと伝えたら不採用になったり、不明確な理由で解雇されたりするケースが後を絶たない。
 LGBTQを支援する認定NPO法人「ReBit」(リビット、東京)が12〜34歳の若年当事者に対して実施した調査では、10代のLGBTQのほぼ2人に1人が、この1年間で自殺を考えたことがあると回答。回答者全体の91・6%は「保護者に相談できない」、中学生〜大学生の93・6%は「教職員に相談できない」と答えた。思春期に周りに打ち明けられず、思い詰めている実態も明らかになった。

 

 ▽トイレ論争「抽象的な不安をあおろうとしている」
 交流サイト(SNS)上では、トランスジェンダー女性(出生時の割り当ては男性、自認は女性)が女性トイレを使うと「トランス女性を装って性犯罪をする男性が増えるのではないか」といった意見があふれる。
 しかし、性的少数者を巡る課題に詳しい大谷大学の西田彩非常勤講師は「仮に女子トイレからトランス女性を排除しても、犯罪をしようとする男性は、女性のふりをして侵入するだろう。誰であっても犯罪目的でトイレに入れば法の処罰対象になる。トランスジェンダーを排除して解決する問題ではない」と指摘する。
 西田さんによると、性自認や性的指向を理由とした権利侵害や差別的取り扱いをしてはならないなど、性の多様性に関する条例を定めている自治体は50以上ある。「条例のある自治体で、トイレなどについて混乱が起きたことはない。SNS上の指摘は抽象的な不安をあおろうとしているだけだ」
 ある当事者はこう訴える。「外出時はトランスジェンダーが使いやすい『誰でもトイレ』がどこにあるか必ず頭に入れている。尿意を我慢してぼうこう炎になる当事者も多い。見た目に男性らしさが残っているままで気軽に女子トイレに入ることはまずなく、とても神経を使って生活している。悪いのは、私たちの存在を悪用しようとする人のはずだ」。誤解を避けるためにも「誰でもトイレ」を増やしてほしいと話し、続けた。「『トランスジェンダーはきっとこういう人たちなんだろう』と想像で決めつけるのではなく、まずは当事者の生の声を聞いてほしい。そして、できる部分から理解を深めていってもらいたい」
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 トランスジェンダー追悼の日 1998年11月、米国でトランスジェンダー女性が殺害されたことに由来し、偏見により憎悪犯罪(ヘイトクライム)の犠牲になったり自死したりした当事者を悼む日。世界各地で尊厳や権利について考えるイベントが開かれ、日本でも昨年「トランスマーチ」というパレードが実施された。